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みやまる・スポーツブックス・レビュー

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砂埃の向こうにある、野球をする幸せ:加藤弘士『砂まみれの名将 野村克也の1140日』

砂埃の向こうにある、野球をする幸せ:加藤弘士『砂まみれの名将 野村克也の1140日』

ノムラの空白期間

 この箇所を読んだ際、少しドキリとした。高校時代に『野村ノート』を読んで以来、”ノムラ本”を結構な冊数読んでいたが、たしかにシダックス時代については知らない部分が多い。そして結論から話すと、読了後「なんでこんなに面白いテーマの本が、いままでなかったんだろう」という感想を持った。名将の社会人野球での知られざる日々を、緻密に書き表していた一冊になっている。

 野村のシダックス監督

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猪木の粋な息づかい:アントニオ猪木「猪木詩集『馬鹿になれ』」

猪木の粋な息づかい:アントニオ猪木「猪木詩集『馬鹿になれ』」

「そのまんま」の猪木

 昨年10月1日、アントニオ猪木の訃報に接した際、「あの猪木さんでも、最期にはやっぱり天国へ行ってまうんだ」という風に感じた。一度生で目にしたことがあるにも関わらず、どこかマンガのキャラクターのような、我々一般人とは明確に一線を画す存在のように感じていたのだ。あの「猪木」に「死」なんて似合わない。心のどこかでそんな風に思ってしまっていた。

 私が大学生だった10年前、西武

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相撲と野球のがっぷり四つ:赤瀬川隼『さすらいのビヤ樽球団』

相撲と野球のがっぷり四つ:赤瀬川隼『さすらいのビヤ樽球団』

「ビヤ樽体型」の選手たち

 フィリップ・ロスは『素晴らしいアメリカ野球』で、国技である野球の、架空のリーグの歴史を語ることで、アメリカという国が持つ精神性を小説に描いた。
 日本でも高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』や小林信彦『素晴らしい日本野球』、赤瀬川隼『球は転々宇宙間』などのフォロワー作品が生まれ、国技ではないものの、国技のように日本国民に愛されるスポーツ、野球を通じて、日本の精神性を表

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「カツカレー」のような、しあわせな組み合わせの一冊:塙宣之『極私的プロ野球偏愛論 野球と漫才のしあわせな関係』(聞き手:長谷川晶一)

「カツカレー」のような、しあわせな組み合わせの一冊:塙宣之『極私的プロ野球偏愛論 野球と漫才のしあわせな関係』(聞き手:長谷川晶一)

 この本が発売されるのを知った際、「こんな、俺が好きな要素だけで出来た本出るの!?」と思った。

 野球もお笑いも大好きな自分だし、著者も漫才の名手、ナイツ塙宣之と、野球ライターの大家、長谷川晶一である。好きなもの+好きなものという、言ってみれば「カツカレー」のような状態である。そして「カツカレー」と書いて、「千葉茂」を連想する(千葉が考案したという説があるのだ)野球好きにはぜひオススメしたい一冊

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孤独な野球人が語らなかった8年間の物語:鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたか』

孤独な野球人が語らなかった8年間の物語:鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたか』

 作中にも少し触れているくだりがあるが、中日新聞には創業家が二つ存在する。「新愛知」と「名古屋新聞」という二つの新聞社が1942年に統合されて誕生したため、新愛知の大島家、名古屋新聞の小山家がそれぞれ創業家となっているのである。
 新愛知は名古屋軍と大東京軍、名古屋新聞は名古屋金鯱軍と、かつてはそれぞれが球団を保持していた。

 この「ツーインワン」の構造はそのまま派閥争いとして残り、<歴代監督人

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「奇妙」で「精神的」な野球小説:G.プリンプトン『遠くから来た大リーガー シド・フィンチの奇妙な事件』

「奇妙」で「精神的」な野球小説:G.プリンプトン『遠くから来た大リーガー シド・フィンチの奇妙な事件』

 2021年シーズンの大谷翔平はまさに「未知」の選手だった。投手として9勝、打者として138安打・46本塁打という投打双方で「ごく一握りの選手にしかできない成績」をマークしてしまった。これだけ複雑に進化した現代野球に於いて、ベーブ・ルースのような二刀流の選手が姿を見せることを誰が予想できただろうか。
 20年前に筋骨隆々のマッチョマンたちを細身のイチローがしなやかに勝負したのを見て「最先端」と感じ

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江分利満氏の静謐なる職業野球論/山口瞳『昭和プロ野球徹底観戦記』

江分利満氏の静謐なる職業野球論/山口瞳『昭和プロ野球徹底観戦記』

 山口瞳の直木賞受賞作、『江分利満氏の優雅な生活』は文学というジャンルの奥深さを柔らかく指し示す小説であった。「every man(普通の人)」から命名したであろう、著者の分身たる江分利満(えぶり・まん)氏が送る戦後のサラリーマン生活は、家庭も仕事もどこか不完全で欠けている印象であるが、そんな日常も悪くはない。そもそも戦争で死ぬはずだったのに、「普通の人」となったのだから……。敗戦を「僥倖」と表現

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激戦区もチャンスに変える、伝説のゴーラーの「リアルサカつく」以上のもの:望月重良『全くゼロからのJクラブのつくりかた サッカー界で勝つためのマネジメント』

激戦区もチャンスに変える、伝説のゴーラーの「リアルサカつく」以上のもの:望月重良『全くゼロからのJクラブのつくりかた サッカー界で勝つためのマネジメント』

 神奈川県はズバリ、Jリーグ激戦区だ。Jリーグ創設の時点で川崎V、横浜F、横浜Mと既に3クラブ存在している。吸収合併による消滅や移転したクラブもあるが、現在も6クラブがひしめき合う、他の都道府県には見られない多さだ。国際色豊かな土地柄や、「王国」静岡と東京の中間地点であるなど、この理由はいろいろ深掘りが出来そうである。
 そんな激戦区に挑むのは望月重良が創設したのSC相模原だ。00年のアジアカップ

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光も影も紙一重のリーグを語る:松井大輔「サッカー・J2論」

光も影も紙一重のリーグを語る:松井大輔「サッカー・J2論」

松井大輔というと、私はルマン〜グルノーブルに所属していたころの印象が強い。独W杯(06年)前後のイメージだ。当時「海外組」と言うと、まずトップに中田英寿が居て、小野伸二・稲本潤一らの99年のワールドユース準優勝組が、“ポスト・ヒデ”を虎視眈々と狙っていた。そしてWY組の少し年下の松井も、フランスから小野らを飛び込えて、その座を狙っていた。
 松井はその後、ブルガリアやポーランド、現在ではベトナ

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ありそうでなかった野球と鉄道の関係性を紐解く一冊:田中正恭『プロ野球と鉄道 新幹線開業で大きく変わったプロ野球』

ありそうでなかった野球と鉄道の関係性を紐解く一冊:田中正恭『プロ野球と鉄道 新幹線開業で大きく変わったプロ野球』

 3番“でひす”(リチャード・デービス)、4番“ぶうま”(ブーマー・ウェルズ)、5番“みのだ”(簑田浩二)。86年末に発売されたファミコンの野球ゲーム『ファミリースタジアム』(いわゆる初代『ファミスタ』)には、阪急、近鉄、南海の近畿圏の鉄道会社の球団の連合チーム、レイルウェイズが収録されていた。西武が隆盛を極めていたころだが、上記のクリンナップトリオに加え、ここに“まつなか”(松永浩美)や“やまだ

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「栄光」という光の裏側にあるもの:沢木耕太郎『敗れざる者たち』

「栄光」という光の裏側にあるもの:沢木耕太郎『敗れざる者たち』

 中学生の時に2002年のサッカー日韓ワールドカップを取材した『杯(カップ)-緑の海へ-』を読んで以来、スポーツや映画を中心に様々な沢木耕太郎「私ノンフィクション」を読んできた。都会的でありながら、アスリートや役者の肉体にこもる芯の熱くなる部分も忘れない、シャープな文体のファンである。
 今回の『敗れざる者たち』については「なんで今まで読んでこなかったんだろう…」と、少し後悔すら感じるような「珠玉

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「コンプレックス」の国のスーパースターがもしも:ピーター・レフコート『二遊間の恋ーー大リーグ・ドレフュス事件』

「コンプレックス」の国のスーパースターがもしも:ピーター・レフコート『二遊間の恋ーー大リーグ・ドレフュス事件』

 アメリカ合衆国は「complex」の国と聞いた事がある。人種、宗教、思想などが複雑に「複合」している国であり、一方で、そうしたあらゆるものが大陸からの“借り物”であり、そこに「劣等感」を抱いている国という意味だという。だからこそ、合衆国の国技たるアメフトや野球といったスポーツに熱中し、その頂点に立つものはアメリカンドリームを得た者として賞賛を浴びる。
 『素晴らしいアメリカ野球』、『ユニバーサ

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黄金期を作った“寝業師”の面倒見の良さとは:髙橋安幸『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』

黄金期を作った“寝業師”の面倒見の良さとは:髙橋安幸『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』

 所沢の僕の実家の近くに根本陸夫邸があった。根本は99年に亡くなっているし、他の家族が住んでいる気配も無かったので大した接点とは言えないが、それでもずっと掛かっていた「根本陸夫」の表札を見ると背筋がシャンとした。西武ファンとして、野球ファンとしては、名前を見るだけで凄みが伝わる人物であった。

 本著は旧制中学から近鉄まで長らくバッテリーを組んだ関根潤三はもちろんのこと、工藤公康、大久保博元、

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最新の「人材論」をわかりやすく:お股ニキ『なぜ日本人メジャーリーガーにはパ出身者が多いのか』

最新の「人材論」をわかりやすく:お股ニキ『なぜ日本人メジャーリーガーにはパ出身者が多いのか』

 タイトルを見て「確かにその通りだけど、そういやどうしてだ?」と思った。このタイトルには昨今の「パ高セ低」の謎を探る、といった意味合いも込められているように感じ、手に取った。西武ファンかつパリーグ贔屓の自分が、ちょっと自慢に思ってるこの現状の、根拠を確認できる良い本だろうと思った。
 お股ニキの本を読むのは初めてではない。千賀滉大を始めとする球団関係者をも唸らせた『セイバーメトリクスの落とし穴』(

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