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著者特有の「汗臭さ」と「スポーツ賛歌」が光る名著:本城雅人『騎手の誇り』

本城雅人といえば、野球(『ノーバディノウズ』など)やサッカー(『誉れ高き勇敢なブルーよ』など)など様々な競技で名作を書いてきた、赤瀬川隼や海老沢泰久らと並ぶスポーツライティング界を牽引する名手として言って差し支えないだろう。そして著者特有のハードボイルチックの「汗臭さ」が味わい深い。なので、競馬という、お金が直接関わってくる、ギャンブルという、より男っぽい競技の小説なら絶対面白いはずだと思って手に取った。

新進気鋭の騎手、小山和輝は世話になった厩舎を離れ、長年ナンバーワン騎手である平賀と同じ塚本厩舎に転厩する。「なんでわざわざ二番手に回るようなことをするのか…」という周囲の声に対して、和輝には思いがあった。かつて騎手だった父が兄のように慕っていた平賀の手によって落馬事故を起こされたのではないかという疑惑を証明するためだ。天才肌でなかなか素性を明かさない平賀と鞍上で切磋琢磨しつつ、謎に迫るが、思いもよらぬ疑念と結末が待っている。当初『サイレントステップ』だったミステリらしいタイトルが『騎手の誇り』に改題した意味がよくわかる。

そしてこれも本城スポーツ文学に共通して言えることだが、血なまぐさいミステリや愛憎劇を経た後に「スポーツっていいな」という、さわやかな「スポーツ賛歌」に回帰するところである。途中からどろりと手に汗握らせ、最後に爽快感がやってくるのだ。やはりスポーツ文学を読むのはスポーツファンである。スポーツ観戦の本質は手に汗握る展開と、爽快感だ。言うのは簡単だが、案外現実には勝敗という二元論に帰結してしまいがちで、なかなか難しいものがある。そこを上手く打ち破って、小説というファンタジーに押し込む力強さこそ、本城スポーツ文学の真骨頂ではないだろうか。

#小説 #競馬 #ミステリ #本城雅人

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