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ザ・サッカー

(初出:旧ブログ2017/02/24)

 『屋上野球』という雑誌の創刊号で「野球を失った野球小説」という特集が組まれている。野球によって物語が進行していく”野球小説”に対して物語が野球という主題を見失い、いつの間にか野球以外のことについて語る小説も"野球小説"ではないか?というテーマの特集だ。例を挙げると『優雅で感傷的な日本野球』(高橋源一郎のインタビューも掲載されている)、『神様のいない日本シリーズ』、『素晴らしいアメリカ野球』などが、それに当てはまるとしている。大橋裕之『ザ・サッカー』もスポーツを失ったスポーツマンガである。

 シュンスケやメッシ、ウッチーといったサッカー選手が登場するが、試合どころかボールすら出てこない物語が続く。庶民的でちょっとSFチックな、同じ大橋裕之の『シティライツ』のような話に、選手が”俳優”として出演しているのだ。スポーツ選手を出しているのに競技をしないのはなかなか不思議な感覚であるが、よくよく考えてみれば、スポーツ選手が出演しているけど特に体を動かさず、ビールを飲んでるだけCMなんていくらでもあるし、「理想の上司ランキング」には様々なスポーツ選手がランクインするが、競技そのものとはほとんど関係のない話だ。とはいえ全くスポーツ文化から外れた話でもない。選手の人気や評判は、競技の外の、インタビューの受け答えやガッツポーズといった部分で決まることも多い。ゆえに『屋上野球』の特集した登場した小説や『ザ・サッカー』も紛れもない「スポーツ文学」といえる。

 本の締めくくりは『遠浅の海 スポーツと私』という、作者が23の夏に海で死に掛けた体験を漫画にしている。友達と海へ泳ぎに行ったら岸に戻れなくなってしまうのだ。<俺がもっと泳ぎが得意だったら 死なんかったかもしれんな>と諦めつつ自分とスポーツの関わりを走馬燈のように振り返り、ギリギリのところでサーファーに救出される。(香川)シンジが宇宙人と出会いボールにゲロを吐かれたファンタジーとは正反対に、生死に関わるリアルな恐怖体験を読み手にありありと伝える私小説的な作品である。

#サッカー #漫画 #大橋裕之

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