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その男、ウラオモテ無しにつき――アル北郷『たけし金言集 あるいは資料として現代北野武秘語録』

(初出:旧ブログ2017/11/17)

 杉浦日向子に『百日紅』という漫画がある。主人公は葛飾北斎。だが『百日紅』の北斎は「富嶽三十六景」も「北斎漫画」も描かないし、生涯で90回近くしたと言われる引っ越しの場面も一度も出てこない。ぼろ屋で気ままに絵筆を滑らせ、気分が乗らなければ筆を置く。娘のお栄を「アゴ」と呼びつつ可愛がり、時に愛人でもある弟子に会いに行く。世界的な浮世絵画家が主人公に据えた漫画だが、偉業を主体とした伝記的な側面はほとんどなく、江戸に生きる、1人の粋人としての北斎を色気いっぱいに描いた漫画である。

 現代で『百日紅』の北斎同様に、江戸前の「粋」を持ち、軽妙なしゃべり、多くの弟子を持ちつつ、世界的な評価を受けている芸術家といえば、ビートたけし以外にいないだろう。この『たけし金言集たけし金言集 あるいは資料として現代北野武秘語録』はたけし軍団の弟子であり、放送作家であるアル北郷が、「殿」の爆笑の珍言珍エピソードを列挙した本だ。いくつか例を挙げると、
・とにかくカツラが大好きで、着用者がテレビに出ると大喜びで電話で弟子に報告をする。
・負けず嫌いでもあり、テレビで紹介されていた若手映画監督に「編集のリズムが悪い」、「顔が貧乏くさい」と低レベルな悪口を連発。最終的には「人前でチ〇ポ出せない顔だ」!。
・アツい芸論を交わした最後になぜかボソッと「ここだけの話、オレは餃子が一番好きなんだ……」
 
 この本で一番のエピソードである「弟子達とのオールナイトカラオケ」では、一度トイレに立った後、日本兵のコスプレで「恥ずかしながら北野武、トイレから戻ってまいりました!」と小野田少尉よろしく”帰還”し、最後には全裸で、「俺の弟子ならこの芸能界で這い上がって来い」と、「たけしジュニア」の皮を剥きながら、たくましく愛弟子を鼓舞する。MCの番組でもゼッタイ見ることの無い、やりたい放題なたけしの姿がこの本には克明に記されている。 メディアの前ではない、オフレコの言動を切り取っても、たけしはいついかなる時も、パブリックイメージの「たけし像」と相違ないことがわかる。しかしこれこそがたけしの偉人たるゆえんであるように思う。たけしはカメラの前だろうと、弟子しかいない閉じた空間であろうとも、常に全力で目の前の物事に「笑い」に取り組み、決して出し惜しみをしないのだ。どんな日常の小さなひとコマであっても、好奇心の赴くままにぶつかり、照れつつ肩をすぼめ、いたずらっぽく微笑む。そして我々たけしファンも、そんなたけしの<♪むくな心に またほれて>しまうのだ。

 この本は「世界のキタノ」の偉業を讃え、成功を収めるまでの過程や理由を書いた本ではない。だが「世界のキタノ」以前に、「足立区のたけし」である彼の何気ない日常に哲学や思想、お笑い芸人としての矜持を垣間見ることが出来る本である。

#北野武 #ビートたけし #ノンフィクション

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