見出し画像

ソフトバンク日本一を西武ファンが(ちょっと悔しがりつつ)語る

(初出:旧ブログ2017/11/05)

 ソフトバンク日本一おめでとう!この5年で3回日本一って強すぎるぞ!V9時代の巨人、80年代後半~90年代前半の西武と並ぶ、大黄金時代が来てることは誰もが認めるところでしょう。僕は西武ファンだけど、ひいてパ・リーグのファンという気持ちもあるので、セ・リーグにどんどん勝ってるソフトバンクは見ていてとても気持ちが良い………んだけど、やっぱり

く~~や~~し~~い~~!!

 あとソフトバンクが2回リーグ優勝すると、これまでずっと西武が持っていたパリーグ最多優勝(20回)の座を明け渡してしまう。西武はこの10年でリーグ優勝及び日本一は1回のみ。12球団中でもオリックスに次いで日本シリーズ進出から遠ざかっている。おそらく最近プロ野球を見ていない人からすると「え、そんな西武って弱くなったの?」という感じだろうが、少なくともかつてのような輝きとは無縁なのだ。
 
  王貞治と長嶋茂雄という職業野球の地位を不動の物に押し上げたスターを擁し、現在でも語り草となっている巨人の9年連続日本一、V9。1978年に西武グループの堤義明が福岡のクラウンライターライオンズを所沢に移転させると、そのV9巨人を目標に、広岡達郎と森祇晶と現役時代巨人でプレーしていた選手を監督に擁して1982年から1995年の間に8回日本一を達成した。選手獲得においてもドラフトや、時には郭泰源獲得のため舞台を台湾に移して、巨人との熾烈なつばぜり合いを繰り広げ、桑田真澄と清原和博の友情をこの2球団が「引き裂いた」のは今も伝説である(このあたりのことは、永谷脩『西武と巨人のドラフト10年戦争』に詳しい)。言ってみればメディア王・渡辺恒雄と不動産王・堤義明の代理戦争がそこにはあった。
 
  西武が去り空白地となった福岡に、1988年から大阪にあった南海ホークスが福岡ダイエーとなって九州の地を踏み、2005年からはIT王、孫正義率いるソフトバンクが親会社となった。ソフトバンクになってからの監督は王貞治、秋山幸二、工藤公康と、巨人のOBが2人(王、工藤)、西武からダイエーに移籍したOBが2人(秋山、工藤。工藤はこの2球団の他に横浜にも所属)である。孫オーナーが「V10を狙う」と公言していることからも、かつての西武同様、巨人のような球界の中心たるチームを目指していることがわかる。しかも西武で黄金時代を築いた選手を監督の座に据えてである。要は西武が巨人に対してやっていたことを、今ソフトバンクにやり返されてしまっているのだ。

 西武は今でこそ、福岡時代のユニフォームの復刻イベントや稲尾和久の背番号を永久欠番に制定するなどしているが、あくまでここ10年くらいの話であり、それまではほとんど「知らんぷり」の状態であった。”野武士の軍団”と呼ばれた50年代後半の華やかなりし時期も、1969年に「黒い霧事件」なる八百長に加担した過去も、明暗両方とも所沢に移ったライオンズとは切り離して考え、球団が福岡時代に言及することは皆無だった。福岡の野球を引き継いだホークスが、福岡時代をないがしろにした西武をボコボコにすることで、我々西武ファンに「ご先祖様」を大事にしなかったバチを当てているのかもしれない……というのは考えすぎだろうか。…とにかく今のソフトバンクはそれくらい強いのだ。西武とソフトバンクはこれからもずっと、他のパ球団とは違う、深い因縁のあるライバル球団だ。そんなライバルが日本一になって嬉し……いや、やっぱ悔しい。来年はこそ我らが辻発彦監督を胴上げして、工藤監督はもちろん、日本シリーズMVPのD.サファテ(元西武)や立花義家打撃コーチ(元西武)にぎゃふんと言わせたいなあ…。

#野球 #ソフトバンク #西武

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

読んでくれてありがとう!
2

みやまるボルタ

埼玉県所沢市出身、現在都内在住。スポーツとエンタメを好むアラサーの独身男性。ふと「自分のブログの内容って、noteの方が向いてるんじゃね?」と思いたち、旧ブログから引っ越し。特技は講談。「山田るみ」って名前で小説も書いています。twitter:@380volta

みやまるスポーツよもやま話

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。