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今はもう何も聴こえず、何も見えない。

 これは僕が大学生の頃の話だ。そのころに住んでいたアパート1階のワンルームは、まるで穴倉のように暗く湿った陰惨な部屋だった。西向きの唯一の窓の前には塀が立ちふさがり、部屋から見えるのは幅40㎝ほどに切りとられた空と、そこに張り巡らされた電線だけだった。この部屋には結局2年ほど住んだが、特に冬の間は辛かった。壁がじっとりと結露して、昼なお薄暗い部屋にひとりでいると、何か心まで冷えていくような、寒々とした気分になった。  その女を初めて見たのは、秋が深まり、いよいよマフラーなし

    今はもう何も聴こえず、何も見えない。

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