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流れ者のおじさん

 断酒20年のヨウスケです。

 二度目の入院、そして、アルコールの離脱症状からの幻覚。ドクターから次回入院する時があれば内科病棟ではなく、精神科の案件になるよと釘を刺されての退院となりました。

 入院時の幻覚も日が経つにつれ、自分が見たり聴こえたりしたものが本当の出来事だったのか、あるいは幻覚だったのか良く分からなくなってきて、自分はまともなのかそうでないのか不安になってきました。

 今まで半分冗談で自分はアル中だとか言っていたのが、本当にアル中になって幻覚を見てしまうようになってしまった。

  それを否定したい心とまだおぼろげながらも覚えている入院当日のあの夜の光景が交互に心に去来し、「あー。もうどうにでもなれ」といった自暴自棄な気持ちも芽生えてきました。

 もうすぐ30歳になるという焦る心もあり、じっとしているとまた飲んだくれの生活に戻りそうなので、コンビニで無料の求人誌を貰ってきて見つけた自動販売機の設置のアルバイトの求人に応募してみました。

 面接で履歴書の空白の期間がいくつかある事を突っ込まれると、どう答えようかと不安でしたが、特に聞かれることもなく、数日後にすんなり採用の連絡がありました。

 少ない人数で回している営業所で同い年や若い社員の人が多く、仕事内容も嫌いではありませんでした。

 ただ、この頃から被害妄想も出だし、二日酔いで出勤した時に、周りでコソコソと陰口を言われてるような気がしたり、居ない時に悪口を言われてるように思えて(全くそんなことは無かったのですが…)飲み過ぎた次の日は風邪ということにして休むことも多くなってきました。

 結局半年ほどは勤めましたが、仕事で嫌な出来事があり、結局飲んだくれての無断欠勤が続き、辞めることになりました。

 その時も社員の人が心配して電話をかけてきてくれたりして本当にありがたかったし、申し訳無かったのですが、自分がどこに行ってしまうのか分からない不安と止まらないアルコールでどうしてもみんなの気持ちに応えることができませんでした。

 それに自分が幻覚を見て夜中に病院を飛び出したアルコール依存性であることを隠している後ろめたさ、全てを打ち明けることのできない辛さもありました。

 この頃になると親も酒を取り上げることもあまりしなくなり、何だか見捨てられてるような気持ちも感じました。

 もうまともにアルバイトですら毎日の仕事を続ける自信もなくなり、単発のアルバイトや日雇い派遣に登録して力仕事などの現場に出て、日銭を稼いでは飲むといった生活が始まりました。

 ある夜、父親と口喧嘩になり家を飛び出したことがありました。

 友達にも電話がつながらなかったので、街中の大きな公園のベンチで安いワインのボトルをラッパ飲みしていると

 「カッコええなあ~」

 と声をかけてきたおじさんがいました。

 ホームレスみたいにも見えますが、あちこち渡り歩いている流れ者にも見えました。

 おじさん曰く、ワインをラッパ飲みしてる姿がカッコいいと思ったから思わず声を掛けてしまったということですが、単に飲み相手が欲しかったのでしょう。

 なんとなく気が合ったのでコンビニでビールを買い足して2人で飲みながら色々話をしました。

 聞けばそのおじさん某有名なバンド(詳しくジャンルとか書けば分かるかもしれませんので、このくらいの表現にしておきます。)の立ち上げ時のメンバーだったという…。本当かどうかは分からないけどそういうことにしておきます。

 家庭も持っていたが奥さんにも捨てられて、こうして全国あちこちを渡り歩いているみたいなことを言ってました。

 友達から電話があったので、

「おう、今、○○公園で某バンドの元メンバーというおっさんと飲んでるぞ」

と言うとそのバンドのファンである友達はすっ飛んで来ました。

 結局3人でへべれけになるまで公園で飲んで、明け方に雨が降り出したので地下道に移動してそのまま酔いつぶれて寝てしまいました。

 朝、通勤する人々が大勢歩く地下道の床の上で大の字で寝ている我々をお巡りさんが起こしに来て、やむなく解散ということになりました。

 帰るというとおじさんは

「帰るところがある奴はいいのう…」

 とちょっと悲しげな顔で言いました。

 その後、何回か夜に公園に行ってみましたが、そのおじさんの姿を見かけることはありませんでした。

 今度はどこの街に流れて行ったのか…。

 おじさんも帰るべき場所に帰ったのなら良かったと思いますが…。

 

 

 

 

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