丸山九段の解説会に行った

日頃からTwitterで棋士に関する嘘ばかり書いているのだが、これらの嘘は考えてひねり出されたわけではなく、脳内で勝手に活動する棋士たちの姿を垂れ流しているだけのことである。実際に会い、自分の色眼鏡で見た彼等は、私の脳内でよく動きよく喋る。しかし、私がその人間性を知らない棋士は動いてくれない。興味があるから脳内に居ることは居るが、脚色の材料がない。肉付け出来ない。そんな脳内の棒人間、丸山九段。私は丸山が知りたくて、丸山に会いたくて、丸山が出演する将棋イベントを待っていた。七年待っていた。そんな彼に会える日が来た。

第64期王将戦第5局大盤解説会。将棋会館道場のホームページには「解説 丸山忠久九段 (久しぶりの登場です!)」とある。聞き手の名はない。独演会。聞き手を依頼された女流棋士に「えー、丸山先生はちょっと・・・よくわかんないし・・・」と片っ端から断られた結果だったらどうしよう、そんな心配をしながら千駄ヶ谷へ向かう。駒操作は藤本1級。この夜、藤本が大活躍する。パイプ椅子に座り、次の一手を記入するためのペンと感極まって泣いてしまった時のためのハンカチを用意し、大盤に並べられた5手詰を解いて彼を待つ。

丸山登場。わー!動く丸山!立体的な丸山!私は静かに興奮し、女流棋士に聞き手を断られた(かもしれない)丸山に、精一杯の拍手を送る。丸山の髪は根元もしっかりと栗色。久しぶりの解説会のために、つまり私のために今週染めたばかりに違いない。私はまだ一言も声を発していない丸山のことを、ちょっと好きになっている。棒人間に髪が生えた。

大盤の詰将棋を解説。「なかなか難しい詰将棋です。これが一目で解けた方はそうとう強いですね」「これが見えたら有段でしょう」などと言う。丸山はこんな男だったのか。簡単な5手詰で、ここまで客を持ち上げる男だったのか。棒人間の腕に肉がついた。

初手から並べる。丸山は名人2期、竜王にも挑戦したトップ棋士であり、二日制タイトルにおける対局者の心情を語る言葉には説得力がある。そして、戦形は丸山が得意とする角換わり。得意とするというか、丸山がタイトル戦に出てきたら「また角換わりでしょ」というね、それくらいのスペシャリスト。素晴らしいステージだ。桂がすぐには使えなくなる手に「中原先生との感想戦で、桂の活用はいろいろ教わりました」と、客の胸をくすぐってくる。そういうことを言うの?中原先生との感想戦なんて、そういう客が嬉しがるようなエピソードを挟んでくるの?局面が進み桂が使えるようになると「桂の効きに相手の駒を呼べたので、中原先生に褒められる手ですね」なんて、彼。棒人間の脚を筋肉が包む。

淀みなく解説をする丸山。多くの変化を迅速に盤に並べる、わかり易い。藤本は、丸山の意図を汲んで漏らさぬ、待ち構えた駒操作。そして、解説の合間に挟む丸山のエピソードに、ひとつひとつ笑う。丸山の動きが止まれば、その顔をじっと見つめる。デジャヴ・・・この光景はどこで見たのだろう・・・将棋ではない・・・。あ、プロ彼女だ。藤本はプロ彼女のようにそこに居た。藤本はリア充の匂いをふりまいて、駒を操作していた。今夜の藤本のターゲットは丸山、そして我々観客。

聞き手がいないので、棋譜用紙を片手に一人でひたすら喋る丸山。封じ手の局面での消費時間に触れ「封じ手までにどれだけ時間を使わないでおくかが大事なんです(藤本は丸山をじっと見つめ、大きく頷く)。早指しだといずれ消費時間が並ぶんですけど、持ち時間が長いといつまで経っても時間が追いつかない上に難しい局面が延々と続くんで(藤本が盛り上げるように笑う)」「角換わりは、一瞬早く寄せに入れる形にもっていければ成功だと見ています(藤本はなるほどといった顔で聞き入る)」

夕食休憩の局面で、次の一手の出題。私が選んだのは丸山一押しの▲4五同馬。解説は再開するもすぐには進まない対局に、丸山は読む。読んで並べる。「ちょっとわからないんで」とはにかむと、絶妙のタイミングで藤本が「これはどうですか?」と口を開いた。・・・おや!?藤本のようすが・・・!おめでとう!藤本は聞き手にしんかした!これから終局まで、藤本は完璧な駒操作係であり、控え目な聞き手であり、丸山のプロ彼女であった。自分のスマートフォンで進行を確認しつつ、丸山を笑顔で支え、また客席にも目をやる。藤本が聞き手に進化して以降、私は丸山と藤本を半々で観ていた。藤本と目があった。3回あった。棒人間は表情を持ち、彼女(プロ)を従えた。

終局して丸山は「角換わりは切れ味と踏み込みが勝負となる」と総評を述べた。角換わりという刀を、誰よりも鍛える棋士の言葉。

そんなこんなで、私は次の一手を当て、抽選で丸山の色紙を貰い、解説会を目いっぱい楽しんだ。私の脳内の丸山は、既に動き始めている。明日からは、丸山に関する嘘が書ける。藤本1級、ごめんなさい。





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