丸山九段の解説会に行った(2018)前編

「お待たせしました」
解説会開始時刻17時ぴったりに登場した丸山の第一声である。
定刻に現れ誰をどれだけ待たせたつもりかと不思議に思う方のために説明しよう。これは「2015年3月から今日まで、約3年間お待たせしました」という意味である。
第43期棋王戦第4局大盤解説会、将棋会館道場の案内には「解説にはお久しぶりのあの方が登場」と記されている。3年ぶりだからね。そして3年前の案内には「解説 丸山忠久九段(久しぶりの登場です!)」とあった。「たらちね」なら「母」であるように「久しぶり」なら「丸山」。将棋界にはそういう枕詞がある。
(3年前の様子はこちら)
https://note.mu/miyatogawa/n/na3901aa695b4

そして3年前と同様に聞き手がいない。独演会を好む丸山。17時3分にはもう、大盤の駒が初手を指した。聞き手がいないので丸山がやりたいように物事は進む。丸山は将棋の解説がしたいしそれを邪魔する者はいない。丸山の傍らには静かに従う駒操作係とたったひとつの武器である棋譜用紙。
「早繰り銀は右銀をどう使うかだけ考えればいいです」「力とセンスがある人に向いている戦法で、挑戦者の永瀬さんや屋敷さんは上手いです」などとポイントを説明しながら並べていく。30分もかからず大盤は現局面に追いつく。
以降の進行は駒操作係の近くに設置されたパソコンで追うのだから、役目を終えた棋譜用紙は折りたたんで懐にしまうなり机に置くなりすればよい。しかし丸山は棋譜用紙を決して手放さないのだ。マイクを持ち駒を動かすに両手はいっぱい、役目を終えた棋譜用紙は邪魔だと言われても仕方ないだろう。丸山自身あきらかに持て余している。

参考画像:棋譜用紙を持て余す丸山

参考画像:丸山が持て余したため一部がクシャクシャになった棋譜用紙


唯一手にしていた武器の棋譜用紙が役目を終え、徒手空拳で挑む。
「(8七同金に)私だったらそうとうびっくりして驚いています」と類語を繰り返す丸山。駒操作係に「なんか、いい手ある?」と聞いてみる丸山。「この辺りで永瀬七段のバナナが効いてくるかもしれません」と盤外にも触れてみる丸山。「コンピュータ研究に基づく指し手には、相手がどこから来るのか気配を感じない。それに対し永瀬七段の将棋には本能的なものを感じます」と棋士の感覚を聞かせる丸山。
私が待っていたもの、丸山が待たせていたものが今夜ここにあった。

結果、丸山はそこに書かれた局面まで並べた後は棋譜用紙を一度も見返さず、しかし折りたたみも手放しもせぬまま休憩時間を迎えることとなる。
もしかして丸山は思っている以上に不器用な男なのではなかろうか。私はそう決めつけ、以降丸山の不器用さを愛でることにした。

休憩を挟んだ後半に続く。


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