文芸同人誌『かわいいウルフ』巻頭言

本記事は、2019年5月発売予定の文芸同人誌『かわいいウルフ』から、冒頭の巻頭言を抜粋したものです。

ごあいさつ

 こんにちは。本書を手にとってくださり、ありがとうございます。これは、二〇世紀の作家ヴァージニア・ウルフの魅力を、一人でも多くの人に伝えたいと思ってつくった本です。ウルフがめちゃくちゃ好きなのに、なかなかその思いを共有できる場所がない! だったら自分でやっちゃえと、そういう思いでつくりました。

 まず、ヴァージニア・ウルフについて、簡単にご紹介します。彼女はイギリス・ヴィクトリア朝末期である一九世紀末の裕福な中産階級に生まれ、ケンブリッジやオックスフォード卒といった高学歴な男性や文化人に囲まれながら、知的に充実した青春時代を送ります。その男女の集団は今日では「ブルームズベリー・グループ」と呼ばれています。ここでは詳細は割愛しますが、ウルフ以外にも様々なイギリスの著名作家を輩出している、文化集団です。ウルフ自身もグループのメンバーの一人・レナードと結婚します。二十代後半から作家活動をはじめ、レナードと出版社「ホガース・プレス」を立ち上げ、著作を次々と発表していきます。現代文学の旗手としてのゆるぎない成功を手にしたウルフでしたが、神経衰弱を患い、五九歳で自殺してしまいます。

 皆さんはウルフのことをどれくらいご存知でしょうか。難解な文体を持つモダニスト。フェミニズムの先駆者。レズビアン。自殺を遂げた非業の作家―二一世紀の今も、彼女にはそんなパブリックイメージが広まっています。かくいうわたしも、ウルフに出会った二〇代前半のころは、はじめは女性としての純粋な興味から、その世界に入っていきました。長編、短編、エッセイ、伝記本……実に多彩な著書を残したウルフの文章世界を読みあさるうちに、わたしはあるイメージにたどりつきました。それは、

「ヴァージニア・ウルフは、かわいい。」

ということです。

 かわいいとは一体どういうことでしょう。例えばジェイン・オースティンやブロンテ姉妹の作品のように、わかりやすい男女のメロドラマを主題にしているわけではありません。シュガー・コーティングされた文体でもない、むしろその真逆のような、難解とされることばたち。ウルフは小説の中で、ひとりひとりの人間の複雑な意識や、それを取り巻く世界観を、いわゆる意識の流れ—Stream of Consciousness—というやり方で、流れるように描写していきます。その過程で、人だけでなく、生き物や植物、風景や街の様子をあますことなく活写します。また、注意深く読んでみると、人物の言動や意識が実にチャーミングで、人間臭く、茶目っ気にあふれているかがわかります。シリアスさと同じくらい、ユーモアを大切にしていた作家が、ヴァージニア・ウルフなのです。そのシリアスとユーモアを行き来する様子を、わたしは〈かわいい〉と形容したいと思います。

 近年、ヴァージニア・ウルフは様々な分野で再注目されつつあります。ウルフをフィーチャーした書籍『ヒロインズ』が話題を呼んだり、日本文学でも川上未映子や松田青子といった小説家が、ウルフの影響を受けたとされる作品を発表。また過去に映画化された『オルランド』はHDニューマスター版としてBlu-ray化。二〇一七年には英国ロイヤル・バレエにて、ウルフの作品を下敷きとしたバレエ『ウルフ・ワークス』が上演。そして二〇一八年末に日本公開された 映画『ア・ゴースト・ストーリー』は、ウルフの短編小説『A Haunted House(日本語訳では『幽霊屋敷』『憑かれた家』というタイトル)』がモチーフになっています。さらに二〇一九年には、エリザベス・デビッキ主演で伝記映画『Vita&Virginia』が公開予定など、続々と多メディア化・リバイバルが続いています。ウルフの言葉と生き方が、多くの人に必要とされている時代が来ていると、本気で感じています。

 ですが今回わたしは、一般的なウルフのイメージを一旦脇に置くことを、無謀にも試みました。本書ではモダニスト、フェミニストやレズビアンといった大きな枠組みから彼女を取り上げることはしません。もちろんそれらは避けては通れないテーマではありますが、あくまで主題とするのは、個人が抱く極めて主観的なウルフのイメージです。彼女が遺した言葉が発する玉虫色の光を、〈かわいい〉という切り口から捉え直し、わたしなりに、その世界に誠実に向き合いました。ひとりの聡明な人間としての彼女が描く、人間のおもしろさ、残酷さ、揺れる乙女の心、そして生を渇望する明るさを〈かわいい〉と思うとき、学術的評価や一般的なイメージとはまた別の、ウルフの姿が浮かび上がるのではないかと考えました。

 またたくさんの方にご協力を頂き、ご自分の価値観や解釈でウルフの文章と向き合っていただきました。わたしの〈かわいい〉と同じく、人それぞれのウルフ観を明らかにしたいと思いました。 

 本書の前半では彼女の作品を紹介しつつ、多角的な視点からその世界観にアプローチを試みました。またウルフの作品を実際に翻訳された方々にお話を伺うこともできました。後半の二つの特集では、様々なバックグラウンドの方々をお招きし、ウルフ作品への正直な感想を語っていただきました。はじめて彼女の作品に触れた方々も多く、読者の皆様と近い立場で読んでいただいたと考えています。そのトピックは、まんが、イラスト、エッセイ、インタビュー、テキスト分析、料理、創作、翻訳と、多岐にわたるものになりました。

 そして楽しみながらつくりました。ヴァージニア・ウルフをテーマとした文芸エンターテインメントとして、その楽しさが伝わる本になったと自負しています。ウルフの作品を愛読する人から、全く知らない人まで。文芸を愛する、読者の皆様に届きますように。

二〇一九年四月某日



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miyayuki7

本を読んだり映画を見たりしています。
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