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クリエイターを支援するという選択


こんにちは。さかもとみゆうです。

実は、仲間と起業した会社の役員を退任して、
フリーランスとして独立をしました。

4月末での退任だったので、もう半年ほど経っているのですが、
その間は少し休んだり、新しい仕事を始めたりとバタバタしていました。
というのはちょっとした近況報告。

タイトルにある通り、今回は「クリエイターの支援」という視点からnoteを書いていこうと思います。

わたし自身、グラフィックデザイナーやカメラマンとして、クリエイター活動を行なっていると同時に、様々なクリエイターたちのサポートをする立場でもあります。

前職である合同会社ForCusでは写真が好きな人たちを、
新しく参加した会社では漫画家を、
そして、運営として関わるコミュニティでは世の中に新しいサービスや商品を生み出す起業家たちを、常日頃からサポートする立場として活動しています。
その理由と、自分なりの意義なんかをつらつらと書いていきますね。たぶん、長いです。

なぜ、クリエイターを支援するのか

その理由は、ちょっとだけ、わたしの過去を振り返りながら話せたらなと思います。

わたしは、小さい頃から絵を描いたり漫画を読んだりするのが好きな子供でした。
小学生では漫画家を志し、中学生でイラストレーターという夢を持ち、デザイナーという職業を知って、高校は、デザインを学べる学校に入学しました。

そこから、わたしのクリエイター人生が始まったわけです。
授業ではグラフィックデザインを学びながら、部活では写真部と音楽部に入り、
どっぷりとクリエイティブに浸かった4年間を過ごしました(定時制だったので4年間)

授業でも部活でも、何かを学ぶたび、何かを制作するたび、文化に触れるたびに、
新しいアイディアや、やりたいことが溢れ出て
部活仲間や同級生達と、こうしたいああしたいと話したものでした。※書きながら、高校入学が10年も前だということに震え慄いています。

その中でもよく覚えているのは、
「自分たちのやりたいことが全部できて、みんなでそこに住めるビルを建てたい!」
と、話していたこと。

なんて理想郷。今でも思います。そして、今でも目指しています。

そんな高校生活は、あっという間でした。人よりも1年長かったはずですが、それでも本当に一瞬だったように思います。

わたしは、デザインの専門学校に進学しました。
そこは、プロが通い直すほどに、有名かつ、レベルの高い専門学校。
自慢したいわけではありません。わたしは指定校推薦だったので実力差は歴然、周りについていくのに必死でした。
いわゆる、落ちこぼれだったかもしれません。

けれど、わたしにはやりたいことがありました。たくさん。
写真も撮りたいし、デザインも学びたいし、高校でみんなで語った夢を実現したかった。
だから、周りとの差で悔しい思いはしても、夢は諦めなかったし学校外でも積極的に活動したりしていました。

さて、そんなへこたれないわたしですが
学校で違和感を覚えはじめます。

わたしのやりたいことを話したら、みんないいね!と言ってくれる。頑張って!と応援はしてくれる。
だけど、自分の夢や、やりたいことは、あまり話してくれませんでした。
そんな熱くてウザイ奴に心開いてくれてないだけって突っ込みが入りそうですが、
なにもわたしだって、毎日そんな夢を語るような感じではなかったですよ。
そこのところは、そういう話題になった時にって感じで捉えてくれると嬉しいです。

周りのみんなを見ると、
毎週山のように出される学校の課題を
ひたすらにこなしていく。ときには泣きながら、一生懸命になって取り組む姿がたくさんありました。

すごいことだと思うと同時に、
そうではない同級生を批判する風潮があることにも気が付きました。それがとても嫌だった。
もちろん、課題は大事ですし、一生懸命になれなかった自分に対する言い訳と捉えることもできるけれど、
常に最先端を取り入れていかなければならないデザイナーが、外を見ることなく課題ばかりに目を向けて、外を見ようとする人を批判するのって、悲しいなぁって
そう思ってしまいました。

さらには、そうやって一生懸命になって完成させた課題でも、
プロを育成する専門学校では、容赦なく先生の愛の鞭が降り注ぎます。

小、中、高で、クラスで1番イラストがうまかったり、デザインができたり、美術の成績がとてもよかったりした人たちが
一堂に会する専門学校。

自分以上の実力を持つ人たちがうじゃうじゃ居ます。

入学当初、
「佐藤可士和のようなアートディレクターになりたい」
「世間がみんな知っているようなデザイナーになりたい」 

etc...... ※敬称略

と大きな夢や目標を掲げていたはずが、
専門学校という荒波に揉まれ、
いつしか、「自分なんて」と、
ネガティブな言葉をたくさん吐露し始める同級生を、目の当たりにしたのでした。

それは、大きな挫折でもなく
日々忙しなく学生生活を送っていく中で
少しずつ、少しずつ
蝕んでいくようにみんなの心に棲みつきはじめて、いつのまにか、「夢」を語らなくなっていました。

いや、なんか脚色がすごいかもしれない。
でも、当時のわたしの心境としては、
"みんなわたしより全然すごいのにネガティブな人が多すぎる。"ってすごく思っていましたね。
わたしも、「自分なんて」思考は少なからずあって、ただやりたいことに対してはかなりポジティブに考えていたと思います。
この時はビジョンとかキャリアとかなんっっもわかってませんでしたけどね笑

さて、閑話休題。
そんなわけでモヤモヤした心を抱えたわたしは、なんやかんやありいろんな思いが爆発してしまい、専門学校を中退しました。(急展開)

まあその話はそこまで重要じゃないので多くは語りませんが、
やりたいことに突っ走った結果だと思ってくださいませ。
後悔はしてないけれど、辞めた人の意見としては、辞めなくてもいいなら学校は極力辞めないほうがいいですよ!みんな卒業して!笑

いつまで経っても本題のなぜクリエイター支援をするのかという話にならなくて申し訳なくなってきたのですが、

先ほど書いたように、
現実に淘汰されていくクリエイターたちをわたしはたくさん、見てきましたし、
学校を辞めた後の自分も、相変わらず能天気に過ごしつつそれなりに苦労をしました。

それでも忘れられないのは、やっぱり高校生のとき、
部活仲間や同級生と話した
ワクワクが詰まった夢の話。

ああ、わたしは、
すごいと言われたいわけでも、
ただ応援されたいわけでもなくて

お互いにやりたいことを話して
応援しあって、時には一緒になにかを成し遂げたりしたい
のだなと、
気づいたのでした。

じゃあ、「どうやって?」
これです。これ。

結局のところ、みんな夢を諦めてしまうのは、語らなくなってしまうのは、
「夢」が夢のまま、どうやって実現するのかがわからないまま、
根拠のない「夢」を語ることがいつしか恥ずかしくなってきてしまうから。だと思っています。

まじでそうなんですよ。
わかんない。調べたってわかんない。

好きなこと全部できてみんながそこに住めるビルを作るのってどうすりゃいいんだ!!

ってそこで詰むと、それは本当に「夢」で終わってしまう。

そんなの嫌なんです!!!
足掻きたいんです!!
だって人生一度しかないから、叶えたいじゃないですか。輪廻転生があったとしても、
わたしがわたしでいられるのは1回きりなんですよ。

どうやったらその「夢」が叶えられるのか。
それを知るためには情報が必要です。
実際に叶えるには人と金とモノ(資産)が必要です。
みんな大好き「ヒトモノカネジョウホウ」

でもわたしはもう一つ。
「環境」が必要だと考えています。

それらが集まる環境。それを知ることのできる環境。

わたしも、夢だけもってふらふらしてるだけでは、今、掲げた夢に向かって行動できていなかったかもしれません。
今のわたしがあるのは、叶えるための考え方や知識を知ることができる環境があったから。

そろそろ環境環境って言いすぎると某集団を思い浮かべてしまう人が多そうなので自重しますが(はた迷惑)

ようは、

一生一緒に夢を語り合いたいわたしの我儘に付き合ってくれる、
夢を持ったあなたが必要なんです。
なに?夢を語るのは恥ずかしい?
それは実現するビジョンが見えてないからでは!!??
夢は語るだけじゃなくて実現するモノなので、実現できるためのリソースがたくさん詰まった環境をわたしが作るから、
だから一生わたしとやりたいことについて話そうよ!お願い!!


という話なんです。

最後のこれを言うために3300文字も使ってしまいました。

わたしは、たくさんのクリエイターたちと過ごしてきて
その中には夢をあきらめる人もたくさんいて、
ああでもそれって、やり方を知っていたら、
考え方を知っていたら、
叶えられたものもたくさんあったかもしれないな。そう思っています。

わたしは、わたしの周りにいる人たちが
夢を諦めず実現できる環境を作って
死ぬまで次やりたいことについて話していたい。

だから、クリエイター支援をするのです。
それが、ほぼ人生の半分、クリエイターと過ごしてきたわたしが考える最強の世界。

ここまで読んでくれた方、長文お疲れ様でした。こんな乱文を読んでいただきありがとうございます。

少しだけでも、伝わっているといいなと思います。

共感してくれた人がいたら、是非TwitterのDMで連絡をください。
話しましょう!

おわり。

坂本美由布(さかもとみゆう) 

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