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ひとりでそうかとうなずくんだ

春になりきらない隙間の季節には、フィッシュマンズの音楽がよく似合う。特に、3月15日には。

その日は外で仕事をしていたので、久しぶりにアルバムを通して聴いていた。高校生のときから繰り返し聴き続けているから、リズムも音も歌詞もメロディも、身体の一部みたいに馴染んでいるのだけど、ふと、意識が言葉を捕らえた。

ドアの外で思ったんだ
あと10年たったら
なんでもできそうな気がするって
でもやっぱりそんなのウソさ
やっぱり何も出来ないよ
僕はいつまでも何も出来ないだろう*

昔この曲を聴いたときとは、少し違う響き方をしているみたいだった。

わたしは、来年誕生日を迎えると、フィッシュマンズのボーカルの佐藤伸治さんと同い年になる。学生時代から憧れ続けた人に年齢が追いつくなんて、とても不思議だ。

10代から20代はじめの頃までは、歳を重ねる毎にできることが増えて、30歳を過ぎたらすっかり大人になるのだと思っていた。Don’t trust over thirty と言ったのは誰だっけ? だから、この曲を書いたときはもう30歳を過ぎていたはずの佐藤さんが「僕はいつまでも何も出来ないだろう」と唄っていた意味が、本当のところはよくわかっていなかった。

もちろん、「本当」なんて誰にもわからないのだけど、少し距離が近くなった気がした。10年前から何が変わった? 多少はできることが増えたような気でいたけど、家族や親しい人の前では、いつまでも妹気質で、わがままで、それでいて妙に繊細で傷つきやすくて、何かあるとすぐ泣いて、音楽や言葉や優しさを抱きしめないと眠れない子どものままだ。

同世代がもっと大人に見えて落ち込んだり、無理矢理背伸びをして他人や自分を傷つけたり。30代にもなって何やってるんだろう。最近ずっとそんな風に思っていたけれど、フィッシュマンズを聴いているとふと、「このままでいる」こともありなんじゃないかと思えてきた。

それは諦めるということではなくて、感受性を保ったまま、繊細で傷つきやすいまま、自分や家族の心身の健全さや、大切なものを守れる大人になることができるのならば、もしかしたら、そのこと自体が次の世代を励ますことになるんじゃないか、ということだった。尊敬する先輩たちがそうであるように。佐藤さんが残した音楽の近くにいるまま、わかったような顔をしないまま、前に進みたいと思った。

耳元のイヤホンは次の曲を鳴らし、ひとりでそうかと、うなずいた。

*Fishmans 「IN THE FLIGHT」

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