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アルバイトさんは簡単に解雇されません。


1、昔のはなし

大学生のとき、アルバイトをクビになったことがあります。

近所にあった個人経営の喫茶店です。

私の仕事は、コーヒー煎れ、玉ねぎのみじん切りなど調理補助、食器あらい、ホール。
昔よくいた喫茶店のお兄ちゃん的な感じです。
半年くらいやってました。

なぜクビに?
マスターからは「お客様が少ないからアルバイトは雇えなくなった」との説明がありました。

確かに暇な店でした。

私はお小遣い稼ぎくらいの目的で働いていたので、クビになってもさほど困らないという状況でした。

「そうですか。」
たんたんと返事をし、言われたその日を最後にアルバイトは終了しました。

そのことに対して当時、負の感情は全然もたなかったし、それはいまでも同じです。

マスターはいい人だったし、むしろ「もうバイト行かなくていい」みたいな解放感さえありました。

その後も時々、客として店に遊びに行ったりもしました。

80年代後半の出来事です。

当時から労働基準法はあったと思います。

でも、大人たちはそんな基準関係なしに猛烈に仕事し、「労働者の権利」を声だかに叫ぶ一部の人は、世間から白い目で見られていました。

コンプライアンスという概念もありません。

学生アルバイトは、労働者とすら見なされてなかったと思います。

あれから30年以上が過ぎ、現代の価値観からこの事象の何がまずいのか検証しようと思います。

(念のためですが、昔はひどい時代だったとか、搾取されてたとか、そんな主張をする意図はありません。
法令に従った手続きが、今ほど浸透していなかっただけです。
あの時代の大人たちも、若者を大切にしてくれていました。)

2、労働条件の明示

まずはこれです。
雇い主は従業員を雇ったら、労働条件をはっきりと伝える必要があります。

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

労働基準法第15条1項

そのうち、絶対に書面で取り交わす必要があるのが、以下のとおり。

①労働契約の期間
②労働契約更新の基準
③就業場所及び従事する業務の内容
④労働時間、残業、休憩時間、休日、休暇に関する事項
⑤賃金の支給額、計算方法、締め日、支払日、支払い方法に関する事項
⑥退職、及び解雇の事由と手続き方法

雇用契約書を取り交わすのが一般的です。
①から⑥は当然記載しなければなりません。

【なにが問題だった?】
・そもそも採用時、マスターから書面による労働条件を明示されていません。
・だから、①労働期間も定まっていませんでした。
・⑥解雇についての説明も当然ありません。

雇用契約に限らず、なんからの契約をするときには、
・契約期間はいつからいつまで?
・契約期間中どのような事態になったら、契約は解消されるのか
予めこれらを決めておくことは、必須です。

この考え自体は、当時も常識だったと思いますが、アルバイトさんの雇用にまでそれを適用させなければならない、という風潮はなかったと思います。


3、解雇の無効

まず前提として、解雇の定義は・・
解雇とは、使用者側の一方的意思表示による労働契約の解除のことです。

つまり、クビ。

この国は解雇に対して、とても厳しい法律をさだめています。

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

労働契約法第16条

客観的に合理的は理由があり、社会通念上相当とはどのようなケースでしょう。

過去に様々な判例があるようですが、単純化すると以下の3つ。
①会社の経営状態がとても悪い
②労働者の能力が著しく低い、長期の傷病で業務ができない
③労働者がルール違反に該当する行為をした

真相は不明ですが、私の場合、①だったのでしょう。
もちろん②だった可能性もありますが・・・
(実はマスターから使えないアルバイトと思われていたとか・・笑)

③ではないと思います。

【なにが問題だった?】
私が解雇を了承せず、例えば労働基準監督者、労働組合、弁護士などに相談した場合、マスターはこの解雇が①②③のいずれかに該当していたことを、客観的事実に基づき証明する必要があります。

①は、帳簿など客観的な事実の記録があるので、問題ないでしょう。

②は、難しいです。
日ごろから労働者の行動を記録し、事実に基づいて彼がいかに就業に適していなかったのかを証明しなければなりません。

③は、重大な法令違反や就業規則の解雇要件に該当した場合です。
今回のケースでは、そもそもその就業規則を明示していないので、苦しいでしょう。

4、解雇予告

解雇の有効性が認められるとしても、さらに以下の手続きを踏む必要があります。

使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。(以下省略)

労働基準法第20条1項

①30日前に予告し解雇
②30日分の給料相当を払って(解雇予告手当)即解雇
(労働者側に非がある場合は、解雇予告手当なしで即解雇ができる場合あり)

雇い主はどちらかを選ばなければなりません。

ちなみに、30日前に予告すれば自由に解雇できる、と思っている雇い主さんがいますが、それは違います。

労働基準法第20条は、あくまでも前章3の解雇の有効性が認められた場合、解雇するなら30日前に予告が必要という手続きに関するルールを定めているにすぎません。

30日前に予告しても、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は、無効です。

【なにが問題だった?】
マスターは、「アルバイトは今日で終了」と伝えたのみ。
解雇予告手当は払っていません。

個人で経営されている方で、まれに「ウチはそういうのやってないから」といって、法令を無視される方がいます。

日本では、ウチに法令を守るか、守らないかを決める権限はありません。

解雇された労働者が労基や組合に相談することが想定されますので、きちんと法令は守ったほうがよいと思います。

5、ちなみに、雇い止めも難しい

雇い止めとは、契約期間満了をもって雇用関係を解消、契約の更新をしないことです。
解雇とは状況が異なります。
雇用契約期間が終わったので、何ら問題ありません。

ただし、これまで実績から通常雇用契約が更新されると思われるケースにて、雇い主側の意思で更新をしない場合、つまり雇い止めをする場合は、前章3と同じルールが適用されます。
労働契約法第19条(長いので条文省略)

数年間雇用していた実績のある従業員を、雇い止めするのは、解雇と同じように、厳しく制限されています。

雇用契約時に、更新を前提にした契約なのか、更新はない契約なのかを、契約書に明記するすることが、トラブル防止になると思います。

6、この30年間で社会はずいぶん進化した。

これまで述べたことは、今の社会ではある程度常識です。
通常どこの会社でも、アルバイトさんに対しても雇用契約書は発行しています。

昭和の時代に職場で横行していた(?)パワハラ・セクハラもかなり減りました。

長時間労働も徐々に解消されています。

社会はずいぶん進化したと思います。

確かに、ここ30年で起こったコンプライアンスの浸透は、行き過ぎな面もあり、社会のダイナミズムが失われつつあることは否定できません。

少子高齢化と相まって、この国の停滞を招いている要因の一つでしょう。

それでも、法令を守ることで、企業活動や労働環境が見える化され、皆が安心して働けるよい時代だと、私は思います。


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