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Reality of the Dead #XR創作大賞

「またゾンビゲーかよ」
 新しくリリースされたVRゲームのタイトルを見て、反射的にそうつぶやいた。
『Reality of the Dead』
 二秒で考えたようなタイトルが逆に目を引く。
 自慢じゃないが、俺はVRに詳しい。VRはまだOculus Questが初代の頃(つまり十年くらい前だ)から父親の影響で触っていたし、VR SNS上では自作ワールドもたくさん公開している。友達だって、リアルよりバーチャルのほうが多いくらいだ。
 父さん曰く、ゾンビというのはVRがまだ出始めの頃から定番のジャンルらしい。なぜだか分からないが、人はVRで何でも自由にできると聞くと、最初にゾンビを召喚するものらしい。
 VRがかなり普及した今でもゾンビもののVRゲームは定期的に発売され、それなりのヒットを飛ばすのが定番となっている。
「……一応、新作ゲームはチェックしないとな」
 正直ホラーはあまり好きじゃないが、ゾンビゲーは大抵の場合ホラーというよりFPS色が強いゲームだ。今までで一番怖かったのはバイオハザード7のリメイク(言うまでもなく、Quest5で出たやつだ)だが、あれは例外。FPSだったら得意中の得意で、Call of Duty VR2では世界ランキングTop50に入ったことだってある。

 俺はさっそくVRフレンドの✝KIRITO✝にメッセージを飛ばした。
『Reality of the Deadっていうゲーム、なんかゾンビゲーみたいなんだけど一緒にやらね』
『今行く』
 リアクションが早い。
 慌ててシースルーモードだったグラスをVRモードに切り替える。
 世界が暗転し、すぐに見慣れたエントランスが広がった。エントランスにはたくさんの人が行き来している。
 数秒後、目の前に友人の✝KIRITO✝が現れた。
「おっす✝KIRITO✝、本当にすぐに来たな」
「ちょうど暇してたからな。そっちこそ、ゾンビなんて珍しいじゃん。ホラー苦手じゃなかったっけ」
「ホラーは苦手だけど、VR通としてはやっぱ新しいゲームは一通りやっておかないとじゃん」
 俺はなんだか自慢げにそう言うと、改めて友人の姿を見る。
 ✝KIRITO✝は狐のような、猫のような、そういった感じのいわゆる獣人だ。肌の色は薄い紫で、三角形の耳と大きく丸い黄色い目が特徴的。探検家のような、アンチャーテッドシリーズの主人公が着てそうな服を着ている。もちろん、リアルの情報は一切知らない。

 二人してRoD(Reality of the Deadは長いので、今後はそう略すことにする)を起動する。そう言えばどんなゲームなのかタイトル以外の詳細を見ていなかった。怖くなければいいのだけど……
 ゲームのロードがはじまってから多少後悔するが、友人に大見得を切った手前引き返すことは出来ない。祈るように目を閉じていると、まぶたの隙間から明かりが漏れてきた。ロードが終わったようだ。
「いきなりゾンビに襲われたりはなしだぜ」
 独りごちると、恐る恐る目を開く。

 すると、そこには不思議な光景が広がっていた。
 そこは見慣れた自宅の前の道路だった。
 何のチュートリアルもない。それどころかタイトルすら表示されない。
 それに、✝KIRITO✝がいない。通常であれば同じ場所からゲームを起動すると、起動後も近くにいるものだ。
 ✝KIRITO✝にボイスチャットをつないでみる。
「おい、今どこいる? 俺なんだか自分ちの前にいるみたいなんだけど」
「俺もだ。なんだこれ。バグってんのか」
「ねぇ、もうはじまってんのかな」
「あ、ちょっと待て。なんか来たぞ。あれ、ゾンビか?」
「え、まじで。こっちは来てないけど。どんな感じ?」
「どんな感じって、あ、思ったよりはえぇ。え、俺武器とか持ってないんだけど。ちょっと待って、え、やめ。やめろ。あ、あああああああああ」
「え、どうした! ✝KIRITO✝! ✝KIRITO✝!!」
 通話が途切れた。こちらの呼びかけにも応じない。
 何があったんだ? 
 見慣れた住宅街の景色が、とても怖い。
「復活した」
 あたりを警戒していると、✝KIRITO✝が通話に復活した。
「お、よかった。何があった?」
「ゾンビが出てきて、襲ってきた。こっちは武器もなにもないから、普通に襲われてデッドエンド」
「まじかよ。え、ちょっとまってこっちも来た」
 道路の奥から、フラフラと歩く人物がこちらに向かってやってきた。
 見た目は人間に近いが、よく見れば顔がただれていて右の目玉が飛び出ている。
 歩き方も独特で、酔っぱらいの千鳥足のような、それでいてしっかりと標的を見据えているような。とにかくゲームで良く見る、典型的なゾンビだ。
 そうして、俺もあっという間に襲われて、死んだ。

 その後しっかりとゲームの概要を確認したところ、これはデジタルツインでリアル志向なゾンビゲーだった。
 要するに現実をコピーしたVR空間で、現実でゾンビが出たときと同じような状況を体験してどれだけ生き残れるかを競うゲームだ。ハンドガンや回復用ハーブが落ちてたりしない。それどころか、スコアもランキングもない。
「これじゃ、ゲームって言うよりシミュレーターじゃん」
「たしかに。でもちょっとおもしろくない? 自由度めっちゃ高そうだし、ここで生き抜けば現実でゾンビ出ても生き残れそう、なんて」
 そんなわけで、俺と✝KIRITO✝は気づけばRoDにすっかりハマっていた。
 というか、RoDはVRゲーマーのなかで一大ブームとなった。
 多くのVRゲーマーは、暇さえあれば現実と同じ世界にゾンビを呼び出し、サバイバルの続きを楽しむようになった。
 数ヶ月が経つ頃には、俺と✝KIRITO✝はホームセンターに籠城してひとつのグループを作っていた。
 気がつけば、現実でゾンビがいない街を歩いていると、物足りなさを感じるようになった。

「やっぱ現実は糞だな、VRが最高」

    ◇
 
 そんなある日、現実にゾンビが現れた。

    ◇
 
 どこかの製薬会社の研究試薬が漏れたとか、政府の初動が遅れたとか、そういうのはどうでもよくて、とにかくゾンビがいるのが日常になった。
 気づけば街はゾンビだらけの地獄絵図。

 しかし、VRゲーマーだけは違った。
 俺らは、もう何ヶ月も前からこの日に向けて訓練を積んできていた。
 ゾンビを見つけて腰を抜かすようなダサいマネはしない。
 焦って音を立てて気づかれるような失敗もない。
 金属バットを掲げてゾンビに向かって突進するようなヤケもおこさない。
 あくまで冷静に、生き延びるための行動を取る。
 必要であれば息を潜めて何時間だって物陰に隠れる。

 そうして気がつけば、VRゲーマーだけが生きている世界が訪れた。
 VRをやっていなかった人たちが淘汰され、VRの普及率が100%になった瞬間だった。

 え、現在はVRの普及率なんてとっくに100%じゃないかって?
 それは違う。みんながつけてるのは光学シースルー型のMRグラスだ。あれは完全に視界を覆えないから、VRモードにすることができない。
 これに対して俺たちが使っているのはビデオシースルー型のMRグラス。こっちはもともと視界を全て覆った上で、外の世界をビデオで撮った映像を目に映すタイプ。だからVRにもスムーズに移行できる。ただし、多少高かったりするので、全員が持っているとは言い難い。
 
 とにかく俺と✝KIRITO✝は、特に連絡も取り合わずともいつものホームセンターに集合して、スムーズに籠城した。
 ちなみに✝KIRITO✝はリアルでは獣人ではなく痩せ型のメガネをかけた高校生だったが、偶然なことに俺も痩せ型のメガネをかけた高校生だったため、すぐに意気投合した。
 ホームセンターでの生活は思ったより退屈だったが、俺らはVRで得た知見を活かして毎日楽しんでいた。

「なぁ✝KIRITO✝、今日はどうしよっか」
「うーん、VRでたまにやってた、ドローンを囮にしてゾンビを誘導するやつやってみるか」
「お、いいな。やろうやろう。ここドローン売ってるっしょ」
 ホームセンターに売っているドローンを使ってゾンビを誘導するのはなかなか難しく、というかドローンの操縦自体が難しくて苦労したが、数週間訓練するとかなり強力な武器となった。おかげでしばらく時間をつぶすことができた。

「なぁ✝KIRITO✝、今日はどうしよっか」
「うーん、VRでやってた、花火でゾンビを驚かすやつやってみるか」
「あー、あの腰抜かして面白いやつね。やろうやろう」
 ゾンビの前で大きめの花火を点火すると、大抵のゾンビは驚いたように倒れた。おそらく視覚があまりないゾンビは、花火の光に過剰に反応するんだろうって✝KIRITO✝が言ってた。

「なぁ✝KIRITO✝、今日はどうしよっか」
「うーん、VRで試した、鉄の棒でゾンビ倒すやつやろっか」
「あー、あのちょっとむずかしいやつね。やろうやろう」
 ホームセンターにはいろんな鉄の棒が置いてあった。棒になんとなく鉄のクギを刺して強化すると、俺たちは意気揚々と街に繰り出した。

 そして、✝KIRITO✝が死んだ。

 翌日から、俺はすっかりやることがなくなった。
 暇を持て余して、久々にRoDをやってみることにした
「いまさらこんなゲームしたって、現実と一緒なのにな」
 自虐的に笑う。
 しかし、RoDを起動すると今までは無かったメッセージが表示された。
 <更新情報:ゾンビが出現しないようにしました>
 意味もわからずRoDをプレイするが確かにゾンビがいない。
 見慣れた街なかは、かつての世界のように、まるで平和を取り戻していた。

 ゾンビがいない、足音やうめき声に気を張らなくて良い世界。
 かつて当たり前だった日常がVR空間の中に広がっていた。

 俺はゴーグルをVRモードにしたまま、リアルの街に繰り出した。
 VR世界は自由で、なんだってできそうだった。

「やっぱ現実は糞だな、VRが最高」

 俺が叫ぶと、グラスの外側からうめき声が聞こえた。

(了)

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