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最近の小学生は「うんこ」と一緒に勉強しているらしい。


最近学童で働く母と話す機会があり、小学生の流行について話題になった。今小学生の中ではスタンダードとなっている教材があるらしい。

その名も「うんこ漢字ドリル」

存在自体は、本屋の教材コーナーで目にしていたため知っていたのだが、これが想像以上に小学生の間で流行っているらしい。というのも母曰く「小学生全員うんこ漢字ドリルをランドセルから取り出し漢字の勉強をし始める」のだとか。日本はここまで下品な国に落ちてしまったというのか。非常に嘆かわしいことだ。文部科学省は僕が小学校を卒業してからこの10年間何をしていたのだろうか。本当に、うんこまみれの小学生の将来が心配である。

実はすごい「うんこ漢字ドリル」

と、うんこ漢字ドリルにかなり信用していない僕だったが、調べてみるとかなりすごい漢字ドリルだった。2021年7月時点でシリーズ累計発行部数は890万部を突破し、まさかのお隣の漢字圏の国、韓国でもうんこ漢字ドリルが販売されているらしい。しかし、この890万部の発行部数普通に考えて顔が青ざめるほどの異常である。何が異常かと言うと...

日本の小学生の人口は612万人(2021年4月現在)

これはつまり、日本の小学生の人口を上回る発行部数であり、とてつもない大ヒットなのである。つまり僕たちより10年若い小学生たちは、うんこと一緒に学校に行き、うんこと一緒に漢字の勉強をして、学童に行ってもうんこの勉強をしているのだ。失礼、うんこの勉強はしていないな。しかし、なんの工夫もなしに「うんこ×漢字ドリル」なんてものを出してしまっては大人どころか子供たちにも受け入れられないだろう。では、小学生の心を掴むこの漢字ドリルにはどんなヒットの理由が有るのだろうか。

そもそもなぜ「うんこ」は面白いのか

そもそも、小学生の頃は非合理的・ナンセンス・バカバカしいが詰まった魔法のコトバ「うんこ」。いや、小学生の間だけではない、大学生の間でもたまに「うんこ」のギャグが流行る。だが冷静に考えてみると誰もがする普遍的な排泄物に対してなぜここまで笑う事があるのだろうか。実際、一人で用を足す時に自分のうんこを見て爆笑する輩はそうそういない。多分小学生でも真顔で用を済まして後は「大」のレバーを引くだけだろう。ということは、

うんこ自体は別に面白くない

ここまで来ると想像がつくと思うが、うんこが笑いのトリガーを引く要因は文脈なのかもしれない。実際僕たちが「うんこ」という言葉から笑いが誘われるときは「真面目な友達との会話の途中」や「堅苦しい会話での一撃」である。更に言うと「記号化されたうんこ」を好んで笑う傾向がある。記号化されたうんことは、その名の通り絵文字のうんこ等かなりデフォルメが施されたマークや言葉としてのうんこである。グーグルでうんこと検索してリアルな生々しいうんこの画像を見せつけられても笑いよりも吐き気を催すだけだ。

少し整理すると、

我々は本来出てくるはずがない文脈にうんこが出てくると笑ってしまう
我々は記号化されたうんこに弱い

理由は簡単だ、うんこをする条件がかなり限定的で秘匿的なものだからだ。うんこというのは大を催した時間、トイレという閉鎖的空間でしか起きないかなり限定的かつプライベートなイベントでしか会えない代物だ。だから、みんな知っているのに共有されないというかなり特殊な物なのである。共有すると品がないというタブー視さえされている。だから、「周りがどういう反応をするのか見てみたい」という笑わせる側の動機も生まれ「この文脈では明らかにうんこは想像つかない」笑う側の状況が合致するとどうしても面白くなってしまうのだろう。そしてそれはなるべく個人差の少ない嫌悪感が払拭されている「記号化されたうんこ」でなければ多くの人に共有が成立しない。生々しいうんこだと面白さよりも嫌悪感が勝ってしまいその時のコミュニケーションで笑いが分断されてしまい非常に寂しいやりとりになる。したがって、うんことはそれ自体と全く論理もつながらない緊張のある文脈の中でなるべく嫌悪感のない想像しやすい記号化されたうんこが共有されることで初めて面白いと感じるのだろう。

さて、例の漢字ドリルに話を戻すと、「うんこ漢字ドリル」はそういう意味でかなりうまく設計されている。勉強という小学生の世界で最も緊張のある文脈で、記号化されたうんこがデザインされた漢字ドリルをみんなでやるとなればそれは面白いに決まっている。親側だって面白いし微笑ましいすら有るだろう。

かなり工夫が施されている「うんこの例文」

「うんこ漢字ドリル」はただ適当にうんこと漢字ドリルを混ぜたわけではない。かなりの工夫が施されている。作者が言うには、リアルな生々しいうんこの例文(くさい・食べる等)やいじめにつながる例文(うんこをかけた等)は避けており、抽象的な例文(うんこにも羽が生えたらいいのに等)にすることで、ぱっと想像つかないうんこの例文やポジティブな例文に徹しているという。これがつまり先程述べた「記号化されたうんこ」に当たる。ここに、大人たちにも子どもたちにも受け入れられる要因があるのかもしれない。

「うんこ漢字ドリル」ができるまで

うんこ漢字ドリルは一体真面目な大人たちの間でどのような話が交わして今の形になったのか。企画を通す出版社もかなりの勇気を必要としただろう。実際このような過程を経て作られたそうだ

誕生の過程
1:うんこ川柳というものが企画に出る
2:うんこ漢字ドリルの企画に発展
3:シュールな世界観を完結させるため一人でデザイン・イラスト作成
4:ここはしっかり教育図書専門の編集プロダクションと相談・難易度調整

と、ふざけるところはとことんふざけ、真面目な部分も精密に設計されている。


「とことんふざける」
うんこ漢字ドリルは、例文を古屋雄作さんが制作し、グラフィックデザインを小寺練さん一人で制作したそうだ。一人で制作した理由は、

「この絶妙にシュールな世界観を崩したくない」「感覚的な部分なのでこれは自分で完成させたい」と思いました。また、イラストのタッチや表現によっては、寒い世界観になると懸念していました。

あのフラットでちょっとおしゃれな配色なのに造形がうんこというシュールさには小寺さんが一貫して作った世界観に基づいているようだ。中でもこの学習帳の指導役であり応援役である「うんこ先生」というキャラクターはかなりの試行錯誤があったという。確かに、表紙を見てみるとうんこ先生は黄色かったりビビッドなピンク色だったりとリアルなうんこからはかけ離れている。ここにも例文同様「記号化されたうんこ」でシュールな世界観を演出していることが伺える。

「しっかりまじめ」
実際「うんこ」要素を抜いて漢字ドリルとしてはどうなのかと見てみると、漢字の意味や形を考慮した学習順に設計されており頭に入りやすいようにデザインされている。「遠」「近」「強」「弱」など対義語でまとめていたり「言」「読」「記」「書」など意味が近い漢字でまとめているため勉強してグループ付しやすく覚えやすい。

この「とことんふざける」「しっかりまじめ」が両立されることによって子どもたちにただ好かれるだけではなく学習書として持続的に愛用されているのかもしれない。そして子どもたちの行動の動機づけと習慣づけの設計もしっかり作られている。「うんこ」というハードルの低さからとっつきやすさがあり、シュールなのに勉強しやすくおしゃれなデザインに愛着が生まれ持続的な学習を実現しているのかもしれない。いわば「面白いのに恥ずかしくない」絶妙なラインがこの学習帳が子どもたちに愛される理由と言える。

堅苦しいものをどれだけ咀嚼し、とっつきやすくするかと言うのはエンタメやデザインを考える人にとっては常に中心にある課題だと思うが、このうんこ漢字ドリルは調べれば調べるほど非常に参考になる事が多い。今度書店に行ったら一回手にとって観察してみようかな。

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