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有休の申請には速やかに回答を【JR東海(年休)事件・東京地裁令和5年3月27日判決】

日本の企業は、解雇権濫用法理による解雇規制(労働契約法16条)に服する反面として、幅広い配転権限を有しています。
そのため、日本の企業においては業務量に対して人手不足となりやすく、その結果、年次有給休暇の取得日数や取得率につながっていると指摘されることがあります。

本来、年次有給休暇は「雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した」労働者に発生するもので、かつ、労働者が希望する時季に取得することができるものです(労働基準法39条1項及び4項・時季指定権)。

もっとも、企業側は「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」には、有休の取得時季を変更することができるとされてます(労働基準法39条5項ただし書・時季変更権)。

それでは、この「事業の正常な運営を妨げる場合」とはどのような場合をいうのか?
また、労働者から有休の時季指定があった場合、使用者側はどのくらいの期間で回答しなければなければならないのか?

今回は、そのような点で参考になる事例としてJR東海(年休)事件を取り上げたいと思います。


どんな事件だったか?

本件は、被告会社(JA東海)の従業員である原告らが、被告会社に対して「年休申込簿」で行った年休の時季指定に対し、被告会社側が適時に時季変更権の判断を行わなかった、あるいは、そもそも労働基準法37条5項ただし書の要件を満たさないものであったことなどを理由として債務不履行に基づく損害賠償(慰謝料)を求めたという事案です。
これに対して、被告会社は適法かつタイムリーに時季変更権を行使したので責任はない旨を主張しましたが、裁判所は、原告らの請求を一部認容しました(慰謝料額は3万円~20万円)。

裁判所が認定した事実

裁判所が認定した事実の概略は次のとおりとなります。

  • 原告らは被告会社の運転士として勤務する者たち。

  • 東海道新幹線では、景気や季節により乗客数が大幅に変動することを見越して運行本数を決めている(平成28年は最小で306本、最大で432本)

  • 被告会社の乗務員については、1か月単位の変形労働時間制が採用されている。その上で、乗務員に対して勤務日の指定をするに際しては、一定期間における周期的なスケジュールである「交番」に従って勤務する月(交番月)と交番に基づかずその都度乗務をする行路が指定される月(予備月)を交互に割り当てていた(交番月に勤務する乗務員は「交番担当乗務員」、予備月に勤務する乗務員は「予備担当乗務員」と称されていた)。

  • 被告会社においては、年休を取得しようとする場合、原則として前月の20日までに各運輸所に備え付けられている年休申込簿に届け出ることとされていた。

  • 被告会社においては、前月25日に当月分の乗務員の勤務割を指定した表が発表され、これをもって乗務員の勤務予定日を確定していた。その際、年休申込簿で届け出られた年休が認められた日は勤務割表に「年休」と記載され、その記載がない場合には時季変更されるものとされていた。

  • さらに、被告会社においては、勤務日の5日前に発表する「日別勤務表」で乗務員の確定した勤務内容を発表していた。その際、年休申込簿で申請した日に「年休」の記載がない場合には、被告会社において時季変更権を行使したことを意味していた。

  • 予備担当乗務員についても、勤務日の5日前に発表する日別勤務表をもって最終的な勤務日と勤務内容を確定させていた。

  • サンプルとなる34日のうち、原告らが年休の取得を希望し、その取得の優先順位も高かったにもかかわらず、被告が時季変更権を行使したため年休が取得できなかった日が31日存在する。

裁判所の判断

裁判所は以下の点を指摘して「日別勤務表」による時季変更権の判断を違法と判断して慰謝料の発生を認めました。

時季変更権の行使の遅延による債務不履行責任

  • 使用者側の時季変更権の行使時期には特に法令上の制限はない。しかし、そのことを考慮しても「使用者が事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超え、指定された時季の直近まで時季変更権の行使を行わないなどといった事情がある場合には、使用者による時季変更権の行使が労働者の円滑な有休取得を合理的な理由なく妨げるものと解される」

  • そのため、「使用者は、労働者に対し、時季変更権を行使するに当たり、労働契約に付随する義務(債務)として、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間内に、かつ、遅くとも労働者が時季指定した日の相当期間前までにこれを行使するなど労働者の円滑な年休取得を著しく妨げることのないように配慮すべき義務(債務)を負っている

  • そして、この債務を履行したか否かの判断は、「労働者の担当業務、能力、経験及び職位並びに使用者の規模、業種、業態、代替要員の確保可能性、使用者における時季変更権行使の実情及びその要否といった時季変更権の行使に至るまでの諸般の事情を総合考慮して判断するのが相当である」

  • 本件では、「前月25日に当月分の乗務員の勤務割りを指定した勤務指定表をそれぞれ発表していたが、勤務指定表の発表時点では事後に臨時列車等の運行が追加される可能性があり、・・・交番担当乗務員、予備担当乗務員の別を問わず、前月25日の勤務指定表発表時点では被告による時季変更権の行使の可能性は残存しており・・・日別勤務指定表の発表までの間は被告による時季変更権の行使の可能性が残存してい」た

  • 以上から、「本件期間において、原告らが年休申込簿により年休使用日を届け出て年休の時季指定をしてから被告による時季変更権の行使が原告らに判明するまでに相当期間を要することがあり、その間、乗務員らについては、年休を取得し得るか否かが未確定のままとされ、また、当該年休使用日とは別の日に年休を取得させるという取扱いもされておらず、このような対応は、年休の申込みの臨時列車等の運行の可能性という専ら被告の経営上の必要性に基づくものであったといえるから、・・・被告における時季変更権の行使は、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超え、労働者の円滑な年休取得を著しく妨げないようにするという労働者の利益への配慮に悖るものといわざるを得ず、原告との関係でみれば、過失により労働契約上の義務(債務)を怠ったものと認めるのが相当である。」

労働基準法37条5項ただし書違反を理由とする債務不履行責任

  • 「使用者による時季変更権の行使は、他の時季に年休を与える可能性が存在していることが前提となっているものと解されることに照らせば、使用者が恒常的な要員不足状態に陥っており、常時、代替要員の確保が困難な状況にある場合には、たとえ労働者が年休を取得することにより事業の運営に支障が生じるとしても、それは労基法39条5項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」には当たらず、そのような使用者による時季変更権の行使は許されないものと解するのが相当」

  • そのため、被告会社は、原告に対し、労働契約に付随する義務(債務)として、「恒常的な要員不足の状態にあり、常時、代替要員の確保が困難である場合には、そのまま時季変更権を行使することを控える義務(債務)を負っているものと解するのが相当」

  • 本件では、被告会社は「通年で基準人に沿った要員数が確保されていたとは言えず、基準人員を下回る乗務員しか配置できない期間があったにもかかわらず、配置された乗務員数に見合うような列車本数の調整が行われた形跡もうかがわれない」ことなどから、原告に対する上記付随義務違反がある。

判決へのコメント

結論・理由ともに判決に賛成です。

今回の事例の第一の特徴は、「時季変更自体ができない場合」だけではなく、「時季変更の判断が遅れた場合」にも債務不履行責任が成立しうると指摘した点にあります。
つまり、裁判所としては、時季変更権が労働基準法39条5項ただし書の要件をみたさない違法な場合はもちろんのこと、仮に時季変更権が適法となり得る場合にも、その権利行使が遅れること自体が慰謝料の対象となる債務不履行としたものと読めます。

この判断は、次の理由から年休権の趣旨を正しく理解したものと評価します。

そもそも労働基準法39条が年休を認める趣旨ですが、これは労働者の心身の疲労を回復することで、労働力を維持し、ゆとりのある生活を実現することにあります。
労働基準法は35条1項で労働者に対して最低週1日の休日を保障していますが、その休日だけでは解消されない心身の疲労を年休で回復してほしいと考えているわけです(私は、よく年休権の説明をするときに「休日は心と体のメンテナンス、年休はオーバーホール」と表現しています)。

そして、このような労働者の心身の回復を十分に可能とするためには、年休の取得ができるか否か、できないとする場合に代わりの年休日がいつになるのかを予め把握できている必要があります。

なぜなら、労働者側からすれば、年休日がいつになるのか不明確であるということ自体が新しいストレスの原因となるからです。
また、年休の取得日が不明確のままですと年休日をどのように過ごすのかについての予定を組むこともできません。
その結果、年休のもつ心身のリフレッシュという本来の趣旨も実現できないことになります。

これらの点から、年休日の早期確定という利益は、年休権の実効性確保のために法的に保護されている労働契約上の権利ないし利益と構成することは十分に可能であると感じました。

また、今回の判決は、恒常的な人手不足の場合には労働基準法39条5項ただし書による時季変更権の行使が認められないことを前提として、使用者に対し、代替要員の確保が困難な場合における時季変更権の不行使義務を労働契約上の義務として認めた点にも特徴があります。

恒常的な人手不足の場合に時季変更権が認められないということ自体は、労働基準法39条5項ただし書の解釈として一般的ではありますが、それを民法上の債務不履行責任に取り込んで損害賠償請求の根拠とした点は今後の同種事例でも参考になると感じました。

最後に

以上、JR東海(有休)事件について検討いたしました。

今回の被告会社については、有休取得の面以外では限られた人員で非常に多くの便数に対応するための仕組み作りに努力していたことがうかがわれます。
それでも、裁判所は容赦なく時季変更権の運用に対して違法の判断を下しました。
企業としては、有休により突発的に人手が欠ける可能性があるという前提で業務の運営管理を行う必要があることを示しており、企業にとっては厳しい課題を突きつけられています。
そして、裁判所がそのような厳しい課題を突きつける理由は、繰り返しになりますが、年休が労働者の健康を維持するための「オーバーホール」としての意味があるからに他なりません。

有休については「急な用事ができたときに備える休み」という感覚が強くなりがちですが、今回の事例をきっかけに有休がもつ本来の意味を見直して頂ければと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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