古語訳『浦島太郎』

今は昔、浦島子《うらしまこ》は、扶《たす》けし蔵六《ざうろく》に具《ぐ》せられて竜神の宮に行きたれば、絵にも表《あらは》せぬめでたさや。

意登比売命《おとひめのみこと》の振る舞ひに、鯛《たひ》や鮃《ひらめ》の舞《ま》ひ奏《かな》で。ただ有り難く面白く、程《ほど》経《へ》にたれど夢の中。

遊《すさ》びに飽きて心付《こころつ》き、罷《まか》り申しもそこそこに下向《げかう》の程の楽しびは、苞《つと》に受けたる玉の箱。

帰りてみれば、此《こ》は如何《いか》に。前の磯屋《いそや》も村も無く、路《みち》にて見合《みあ》ふ諸人《もろひと》は顔も知らぬ者ばかり。

心許《こころもとな》さに蓋《ふた》取れば、開《あ》くて念無し玉の箱。中よりがはと白煙《しろけぶり》。即《すなは》ち、翁《おきな》に様変《さまか》はりぬ。


【 原文 】
昔々、浦島は
助けた亀に連れられて
龍宮城へ来て見れば
絵にもかけない美しさ

乙姫様の御馳走に
鯛や比目魚の舞踊
ただ珍しくおもしろく
月日のたつのも夢の中

遊びにあきて気がついて
お暇乞もそこそこに、
帰る途中の楽しみは
土産に貰った玉手箱

帰って見れば、こは如何に
元いた家も村も無く
路に行きあう人々は
顔も知らない者ばかり

心細さに蓋取れば
あけて悔しき玉手箱
中からぱっと白煙
たちまち太郎はお爺さん


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