現代語訳『伽婢子』 入棺之尸甦怪(1)

 古くから今に至るまで世に言われている話だが、人が死去し、棺《ひつぎ》に納めて野辺《のべ》に送った後で、土葬した塚や火葬する火の中から蘇《よみがえ》ることがある。いずれも家に帰さずに打ち殺されるが、病が重くて息が絶えた者、呼吸ができずに窒息死した者、冥土《めいど》を見た者などがいる。これらの人々は前世からの業《ごう》や天命がまだ尽きておらず、冥土《めいど》の死籍《しせき》がまだ削られていない者たちであるが、日本の習わしでは死者と見なされる。棺《ひつぎ》に入れて急いで葬儀を行う必要があるため、たとえ蘇生したとしても葬場《そうじょう》から帰されることはなく、その場で撲殺される。何とも不憫《ふびん》な話である。
 一方、異国では人が死んだらまず「殯《かりもがり》」を行い、すぐには葬送しない。このため、死後、三日、七日、十日あまりの後に蘇《よみがえ》り、冥土《めいど》のことなどを語った例が幾つも書籍に記されている。しかし、十日以後に蘇生したという事例は見当たらない。頓死《とんし》した場合は注意すべき点であろう。
 なお、葬礼の場で蘇《よみがえ》った際に、家に帰さずに打ち殺すという言い伝えには理由があるという。京房《けいぼう》の記した易伝《えきでん》によると、

 「至陰為陽、下人為上。厥妖人死復生」
 (陰が陽となり、下の者が上となる。これは死んで再び蘇《よみがえ》った妖人《ようじん》である)

 とあり、死者がしばらくして蘇《よみがえ》るのは下克上の兆しであるため、蘇生しても撲殺するのだという。
(続く)

 今回から新しいエピソードを二回に分けてお届けします。
 タイトル『入棺之尸甦怪』は「にっかんのかばねよみがえるあやしみ」と読み、「棺《ひつぎ》にいれたはずの死体が奇妙にも蘇生する話」という意味になります。
 この作品が執筆されたのは江戸初期ですが、当時は死後に蘇生するケースがあってもその場で撲殺されたことが記されています。何とも生々しい話ですが、現代風に言うと「ゾンビは人にあらず」といった感覚で、仕方なかったのかもしれません。

 なお、文中にある「殯《かりもがり》」(死後、埋葬する前にしばらく置いておく風習)が日本の民衆に根付かなかったのは、仏教の来世に対する憧れと、温暖多湿な気候(死体が痛みやすい)が影響していたのではないかと個人的に考えています。

 続きは次回にお届けします。それではまた。


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