現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その2)

 幼い頃の姫君は、何でもない花や紅葉を見ても特に自分の素性に思いを馳《は》せることはなかったが、成長して次第に物心がつくにつれて、「心から頼りにしている尼君は自分の母親ではないかもしれない」と思うようになった。しかし、事情がまったく分からない。
 説教にやって来る僧都《そうず》の世間話や、年老いた女房たちの噂話から推察すると、尼君が出家し、この屋敷に移ってから二十年以上の月日が経《た》っているようである。しかし、自分の年齢は十四、五歳なのでつじつまが合わない。
「それならば、わたしはいったい誰の子で、尼君は何者なのか」
 姫君は悩み続けたが、相談できる相手はいなかった。
(続く)

 姫君の育った環境が少しずつ描かれていきます。
 都から離れた寂しい山奥とはいえ、僧都《そうず》(最高位の僧正《そうじょう》に次ぐ高位僧)がわざわざやって来る上に、複数の女房たちが二十年以上も付き添っていることから、屋敷の主である尼君は、かつて相当の地位にいた人物であることがうかがえます。
 しかも、その尼君に大切に育てられている姫君は、さらに上の身分である可能性があり、「訳ありで生まれたやんごとなき姫君」であることが読者に示唆されています。
 なお、作品には明記されていませんが、尼君は恐らく四、五十代で、姫君から見ると祖母に近い年齢です。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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