現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その8)

 とにかくも他の女はまったく眼中にない権中納言は、はたから見ると思慮が足りないように思えるほど醜態を晒《さら》して恨み言を重ね続けたが、女三宮がなびくことはなかった。

  今はただ見《み》きとばかりの夢をだに忘れむのみぞ情けなるべき
 (今はただ、夢のような契りを忘れることだけが、あなたに対するわたしの誠意であることをどうか分かってください)

 泣きながらそっと口ずさんだ歌に、権中納言はほろほろと涙を流した。
(続く)

 幾度も無理やりに押し倒し、愚かしいと思えるほど必死に口説き続ける権中納言ですが、女三宮はかたくなに心を開こうとはしません。
 ――以下はわたしの推測ですが、権中納言はこの期に及んでも女四宮との結婚を取りやめる勇気がなく、調子のいいことばかり口にしたため、女三宮は逢瀬が重なるにつれて相手に対する不信感・嫌悪感が募っていったと思われます。

 本作が成立したのは鎌倉時代で、『源氏物語』の成立から二百年以上が経っています。現代の我々が江戸時代の作品をまねて作るのと同じようなものですので、必ずしもリアルな平安貴族を描いているわけではありません。(ざっくり言うと『源氏物語』をテンプレにした二次創作です)
 作品を読んで「平安時代の男はひどい奴ばかりだ」とただ憤慨するのではなく、このような作品がもてはやされた執筆当時の社会に思いを馳せてみるのも面白いかと思います。
(もう一点フォローしておくと、平安中期の貴族の通い婚は単なる夜這いや強姦ではありません)

 それでは、次回にまたお会いしましょう。


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