現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その9)

  忘《わす》るとてさて閉《と》ぢむべき夢路《ゆめぢ》かは後の世までも絶えじ逢瀬《あふせ》を
 (忘れるとはいっても、このまま二人の夢路を閉じることができましょうか。来世まで絶えることのない逢瀬《おうせ》だというのに)

「仮に見捨てられたとしても何ら変わりません。どうかわたしの誠意をご覧ください。あなたにひどく疎まれながらも、いつか真心を伝えられる機会もあると信じてどうにか生き永らえましたが、その願いは一向にかなわず、気が晴れることのないまま、不安にあえぎながら今日まで同じ世で生きてきたのです」
 言い終わらぬうちに、例の三位《さんみ》の君がやって来る気配がしたので、中納言の君は死んでしまいそうなほどに困惑したが、権中納言は少しも立ち去る気になれなかった。
(続く)

 いくら女三宮に拒絶されても、権中納言はまったく諦めようとはしません。なかなかの強メンタルですが、それだけ意志が固いのなら女四宮との結婚を取りやめればいいのに――と思わないでもありません。(もっとも、女四宮との婚約を破棄したからといって、女三宮がなびくかどうかは別問題ですが。)

 女三宮は故皇后と似ていますが、一点、明らかに異なるのは「気に入らない相手への態度」です。一番分かりやすいのは「男の手引きをした女房」の扱いで、関白を導いた宮の内侍《ないし》が故皇后の不興を買った末に死去したのに対し、中納言の君はずうずうしく今も居座り続け、権中納言に付け入られる隙が生じています。
 非がある相手にも強く言えない女三宮の人柄が分かるエピソードですが、一方でこのような女房ですら切り捨てることができない経済的な事情もあると思います。

 それでは、次回にまたお会いしましょう。


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