現代語訳『伽婢子』 一睡卅年の夢(1)

 享禄《きょうろく》四年六月、細川高国《たかくに》と細川晴元《はるもと》は摂津《せっつ》国天王寺で合戦を始めた。この戦で高国は敗れ、逃げ落ちた尼崎で自害した。
 高国の家人《けにん》だった遊佐《ゆさ》七郎は浪人となり、芥川《あくたがわ》の村に隠れ住んでいたが、京都に上っていずれかの主君に仕えようと考え、従者を一人連れて都に向かった。その途中、山崎の宝積《ほうしゃく》寺に参詣して休んでいたところ、ひどい眠気に襲われ、東の廊下でしばらく横になった。
 夢の中で七郎はある寺の門前にいた。
 山桃の籠を持った一人の雑兵《ぞうひょう》が休んでいたので、七郎は近寄ってどこの家の者なのか尋ねた。
「わたしは山崎の住人、交野《かたの》次左衛門《じざえもん》の家に仕えています。交野殿は将軍家に属したために討ち死にし、一人娘のお嬢様が残されました。お嬢様は西の郊外に住む石尾《いしお》源五《げんご》殿の妻となりましたが、石尾殿は三好に討たれたため、今は寡婦《やもめ》となって実家に戻っていますが、年はまだ二十一歳です。交野殿の北の方は六十余歳で才覚に優れ、一門の末の家なので何とかして婿《むこ》を取り、家督を譲りたいとおっしゃっています」
 話を聞いた七郎はふと思い出した。
「交野の北の方はわたしの叔母だ。久しく便りもなく、どこにいるとも分からなかったが、今は山崎に住んでいたのか。訪ねて顔を見せよう」
 男と一緒に屋敷に赴くと、果たして七郎の叔母であった。互いに名乗り合い、叔母は嬉《うれ》しさのあまり涙を流し、屋敷の中に呼び入れて一族の行方を尋ねた。親類のほとんどが討ち死にし、ただ自分だけが生き延びていることを話すと、叔母は七郎に向かって言った。
「わたしには身近な者が一人娘しかおりません。あなたはわたしの甥《おい》で、気心の知れた慕わしい親類です。京に上がるのを止め、当家の婿になって安心して過ごしてくれませんか」
 この申し出を嬉《うれ》しく思った七郎はその場で快諾し、吉日を選んで親しい人々を呼び集め、様々に準備を調えて婚儀を執り行った。妻となった女に会ってみると雅《みやび》やかな上に愛らしい容姿で、七郎は限りなく喜んだ。婚礼の用意は格段に華麗で、毎日、客を集めて酒宴が開かれ、七郎も宴《うたげ》を楽しんだ。また、妻に不満な点はなかったため、誇らしく思った。
(続く)

 新エピソード『一睡卅年の夢』をお届けします。難しい漢字が含まれていますが、「いっすいさんじゅうねんのゆめ」と読みます。(「卅」は「三十」)
 舞台はいつもと同じ戦国時代で、主君が敗れたために浪人となった男が主人公です。ふとしたきっかけで叔母の一人娘(従兄弟)と結婚することになりました。――ただし、あくまで夢の中の出来事だという点がポイントになります。

 続きは次回にお届けします。それではまた。


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