現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その12)

 中納言の君も、「まったく途方もないことをする、あり得ない心だ」と女三宮の振る舞いを嘆き、二人を憎らしく思いつつ女房たちに言い繕っているうちに明け方になった。権中納言は屋敷に戻ることにしたが、騒がれるわけにはいかない忍びの夜這《ば》いだったので、人知れず三条宮を後にした。
 その道中、権中納言は途方に暮れ、つらく耐え難い女三宮の匂いが袖に留《とど》まっているのをむなしく思いながら歌を詠んだ。

  変はりぬるつらさを憂《う》しと恨みてもなほ移り香のなつかしきかな
 (女三宮の心変わりを情けないと恨んでも、移り香が慕わしくてならない)

 女三宮が思い掛けず帳台《ちょうだい》から這《は》い出た折に、床の金物に引っ掛かった髪が手に触れたことだけを慰めとし、思い出として心に留《とど》めているのも儚《はかな》いことだった。
(続く)

 前回にも少し触れたように、女三宮の髪を引っ張ったのは権中納言ではありませんでした。しかし、ただそれだけのことで、強引に夜這いしようとした事実を否定することにはなりません。
 どこまで本気なのかは分かりませんが、「女三宮が心変わりして冷淡になった」という歌は、まともに状況判断ができていない今の権中納言をよく現していると思います。二人のやり取りを苦々しく思う中納言の君とともに悲喜劇仕立てになっていますが、一種のラブコメだと思ってもらえればいいかと思います。

 それでは、次回にまたお会いしましょう。


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