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空き家銃砲店 第二話 <玄関>

その家はちょっと不思議な作りだった。店とも住宅ともどっちつかずの感じで、まず目につくのは両開きのガラスドア。もちろん手動だ。お客も住人も重いガラス戸をおして入ってくる。

白壁の左手に取り付けられているのは四角い看板。緑青の金属地に茶色の文字で<穂高銃砲店>とある。それが新しくなった元茶室の新しい名前だ。

分厚いドアはゆっくりあき、ゆっくり締まる。外に出たければ、自分で開け閉めできなくとも誰かの後についていけばいい。そうして昭和51年、3歳の私は外出する祖母の後にこっそりついていった。

角を曲がってすぐの魚屋さんに入った祖母を見失い、ひたすらまっすぐ歩き、ついには交番でまでたどり着いた。気がするのだが、もしかしたら途中だれかにあって「どこへ行くの」と聞かれて「おばあちゃんをおいかけてるの」と答えたものの、不審がられて落し物よろしく届けられたのかもしれない。

交番には親切なお巡りさんがいた。「おうちはどこ?」「わからない。おばあちゃんのあとについてきたのにいなくなってたの」「おとうさんの名前は?」

こんなやりとりを重ねるうちに「おじいちゃんの名前は?」「穂高英男」こう答えると、「ああ、あそこんとこの子か、若夫婦が戻って来たって聞いたわ」

婿養子の父より祖父が有名だったのである。受話器を上げた警官が同僚に尋ねる「電話はいくつだっけ」「にーにーぜろぜろご」。祖父が教えこんでいたのである。

ストーブにあたってお菓子をごちそうになり、のんびりしていると母が迎えに来た。交番でもてなされご機嫌な私はたいして怒られもせず、入り口の金属のハートを縦にかさねたしゃれた泥除けを眺めながら家に戻ったのである。


おまけ

このガラスドアの取っ手、四角い陶器か金属かわかりませんが、冬は冷たい。コートの袖で開けていました。

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