次世代の福祉サービス化と介護・看護配置基準(3:1)の緩和論を考察する

生き残りをかけた環境変化への適応

自動車業界では、100年に一度と言われる大改革として、「MaaS(Mobility as a service)」や「CASE(Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(カーシェアリングとサービス/シェアリングのみを指す場合もある)、Electric(電気自動車)の頭文字)」といったイノベーションの波が押し寄せており、ソフトバンクといった他業種からの参入やウーバーなどのスタートアップ企業の勢いが止まりません。

そんな中、福祉業界を取り巻くトピックスの一つとしても、ICT化や介護ロボット導入という言葉を目にしない日がないくらいになってきました。
私自身、福祉業界のICT化や介護ロボット導入(以下、「次世代の福祉サービス化」)は必須だと思っていますし、研修などでも、「マンパワーに頼らないサービス提供体制を作り上げる必要性」を述べています。

手書きからPC入力(介護ソフトの導入)、眠りセンサーによる不要な見回りの削減など、次世代の福祉サービス化を行うことで、業務の効率化や合理化(ムダ・ムリ・ムラの削減等)の成果は上がると思います。
しかし、国が考えている「生産性の向上」という達成成果と、現場の実態があまりにもかけ離れているんじゃないかなぁ、と危惧しています。

次世代の福祉サービス化とマンパワー依存の併存

国が考える「生産性の向上」とは、

「単位時間サービス提供量」を指し、「サービス提供量÷従事者の総労働時間で算出される指標(テクノロジーの活用や業務の適切な分担により、医療・福祉の現場全体で必要なサービスがより効率的に提供されると改善)」を想定しています(「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部 のとりまとめについて」より)。

上記の報告書では、2040年までに医療・福祉分野で5%の改善目標を掲げています。
5%の改善とは、1日8時間勤務×1ヵ月20日出勤×12ヵ月 =1,920時間で提供できるサービス量を100とすると、1,920時間×0.05(5%削減)=96時間を引いた、1,824時間でサービス量100を提供することを目標とする、ということになります。
96時間は1ヵ月あたり8時間となり、出勤日数が1日分少なくなる計算となります。

有給5日間の取得義務化を考えると、1日分出勤日数が少なくて良いぐらいだと実現可能な感じもします。
ただし、次世代の福祉サービス化に向けた動きがある中で、介護福祉士有資格者との役割の明確化やアクティブシニア(お元気高齢者)の介護助手としての採用など、結局マンパワー頼みではないかという議論も依然、課題として残っているわけです。
要するに、正規介護職員の出勤日数は1日減かもしれませんが、その他の人材が補う構造は変わらないように感じます(結局、人手不足は解消しない)。

介護・看護配置基準(3:1)の緩和論に一言

誤解のないように繰り返しますが、私自身、福祉業界のICT化や介護ロボット導入などの次世代の福祉サービス化は必須だと思っています。
ただし、介護・看護配置基準(3:1)を緩和したり、それが結果的に基本報酬減に繋がることは断固としてあってはならないと思います。
労働集約型である福祉サービスが、いかにマンパワーに頼らざるを得ない状況であるかを調査・分析した結果を紹介したいと思います。

特養やデイサービスの経営状況や職員配置、賃金水準などの実態を把握するための調査・分析系の業務に携わっており、介護・看護職員配置基準(いわゆる3:1)ごとの経営状況を把握する分析を行いました(残念ながら図表はアップできません、ご了承ください)。

各施設の介護・看護配置基準(3:1)ごとに 6 グループ(「1.7 以下」「1.7 以上 2.0 未満」「2.0 以上 2.3 未満」「2.3 以上 2.5 未満」「2.5 以上 3.0 未満」「3.0 以上」)に分け、「1.7 以下」に近い施設を『職員を手厚く配置している施設』、「3.0 以上」に近い施設を『職員配置が不足している施設』と位置付けました。

仮説として、以下の3つを立てて分析を行いました。①職員を手厚く配置している施設のほうが、受け入れ態勢が充足しているため利用率が高い②人件費を構成する「職員人数×賃金水準」において、職員を手厚く配置している施設の方が賃金水準は低い③職員配置を手厚く配置している施設の方が、人件費率が高く、収支差額率 0%を下回る赤字施設が多い
分析結果として、 ①職員を手厚く配置している施設の方が、利用率 95%を超える施設が多い傾向を示した。②職員配置が不足している施設の方が賃金水準は高い傾向を示したが、職員配置が手厚い施設においても 35 万円~45 万円の範囲で支給しており、労働分配率 80~100%を下回る水準で職員に還元している結果となった。人件費率でみると、職員配置が手厚い施設は 65%~70%である。一方、職員が不足している施設は 70%を超える施設もあり、人件費のうち、派遣職員費が経営を圧迫していると考えられる。③収支差額率をみても、職員配置が手厚いからといって収支差額率 0%を下回る赤字施設は少なく、経営を考えた職員配置を適切に行っていると考えられる。一方、職員配置が不足している施設の方が、受け入れ態勢を十分に確立できないために、利用率が低く、派遣職員の受け入れなどの費用が増加することで、結果的に収支差額率が 0%を下回る赤字施設となっており、介護・看護職員の配置状況と経営状況が密接に関連している結果となった。

この結果を通して、次世代の福祉サービス化と介護・看護職員の配置基準を見直す(緩和)という議論を同じ土俵で取り扱うべきではない点について、警鐘を鳴らしたいと思います。

まとめ

利用者の介護負担の軽減や職員の腰痛予防もふまえ、リフトや抱えない介助方法を導入している施設も増えています。
立位が不安定で二人介助をしていた利用者がリフトを導入したことで一人介助で出来るようになったことで、職員の見守り態勢が強化され事故が減少したり、利用者とコミュニケーションを取る時間が確保できたという施設もあります。
リフトや福祉機器などの投資は非常に高額になりがちですが、うまく自治体の補助金なども活用しながら、導入を検討してはどうでしょうか。

福祉業界の「生産性の向上」(個人的にはこの表現は使いたくないのですが…)の波は避けて通れないでしょう。
次世代の福祉サービス化により、介護・看護職員の配置基準(3:1)ではなく、「2:1」や「2.3:1」という職員配置で現場を回している施設もありますし、見守り機器を導入することで、職員配置基準が緩和される夜勤職員配置加算もあり、次期改定時の評価拡充が注目されます。

施設ごとの介護・看護配置基準が良いか悪いかは施設の理念や方針に大きく左右される部分は否めません。
しかし大事なのは、法人・施設として、どう向き合っていくか、きちんとした方針を立て、計画的に取り組んでいくことではないでしょうか。
冒頭の「Maas」や「CASE」の動向は、業界人だとしても、今後どうなるのかは雲を掴むような状況かもしれません。
業界動向を先読みし、臨機応変に方針を見直したり、適応していくことが経営戦略としても重要だと思います。

高齢者福祉業界の動向も次期改定に向けて活発になってくると思われます。
厚生労働省だけではなく、経済産業省や財務省の発言にも注目しておく必要があります。

しつこいぐらいに繰り返しますが、私自身、福祉業界のICT化や介護ロボット導入は必須だと思っています。
それは業務の効率化・合理化を目的としています。
職員が定着しない、やりがいを感じないといった課題を抱えている組織であれば、次世代の福祉サービス化に向けた取り組みを通して、構造的な改革も視野に入れて組織づくりを考える必要があるのではないでしょうか。

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