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DAZZLE 第4回公演「0NE」

物凄く久々に書く気がしてたけどそんなことなかったDAZZLEの勝手に非公式プロモーション。月初に観劇レビュー書いてた。今回は再び彼らの舞台作品をご紹介したい。

第4回公演作品「0NE」

【あらすじ】
疫病が発生し、ひとつの街が封鎖された。
だが、調査に向かった医師が見たのは、変わらない日常。
いや、ひとつ奇怪な事と言えば、みな「同じ」だということ。
人々は口を揃えて言った。「ようこそ、完璧な世界へ」

「感染」をテーマにしたお話。過去2作とは少し雰囲気が異なり、明るさと暗さの中間を程よく取っている。曖昧な表現をすれば「物語らしい物語」と言ったところだ。文字通り、小説の中に飛び込んだかのような展開を見せてくれる。時々「おいおい…」と突っ込みたくなるような展開もあれば、ぞっとする焦燥感を感じさせるシーンもある。ちなみに「PLAYBOY」が出てくる。…なんだこの謎なアピール。

この作品の特徴としては、固有名詞を持った登場人物が多いことではないかと思う。医者、新聞配達の少年、元老閣下、情報屋、カメラマン、記者、魂の宿主、魂を失った少女…。ひとりひとりがキャラクターとして素晴らしく、しっかり役割を果たしているのが良い。たまにあるじゃない、「なんでこのキャラ作ったの…?」ってなるくらい意味のないキャラクター。それが居ないのである。

この物語のキーである『宿主』。物語が進むにつれて彼が如何に美しく儚く切ない存在であるかを感じさせられる。物語の中で彼はこんな言葉を叫ぶ。

「身分証も持たない僕はこの世界に存在していない。
こうして生きているのに!」

「生きている」ことと「存在していること」が別次元の話であることを思い知らされる一言だ。今を生きる私たちにも言えることかもしれない。存在価値がたかが紙切れ一枚で決まってしまう事は私達の日常にも多く当てはまるのではないだろうか。免許証や住民票…最近はメールの方が多いかもしれないが、就職の内定是非など…多岐に渡る。

身分証と言う観点で言えば、生まれたときに出生届を出す。それにより生まれた時から「この世に存在している」人間になる。逆に言えばこれを怠れば、この『宿主』と同じく、生きていながら存在していないことになる。昔は戦争で死亡宣告をされた若人の話などもあった。生きているのに(この世)に存在していない。『存在する』という事がどれほど難しいことなのか。

彼はこんな言葉も呟く。

「やっぱり僕は存在しちゃいけない人間なんだ」

この言葉は先ほどの身分証の話とは違う意味を持っている。彼は触れた人間の魂を消してしまう能力を持っていた。それ故に他者と触れ合うという事が出来ず、孤独になってしまう。最後に大切な友人を意図せず手に掛けてしまったときに発した言葉である。

誰にも求められないこと。誰にも愛されないこと。それを超えて愛してくれようとした大切な存在が自分の所為で壊れてしまったこと。全てに絶望すると人は自分の存在を否定するしか出来なくなる。

この後、宿主の心が救済されたのかはわからない。それは多分、見る人の感性に委ねられるだろう。人は誰しも、簡単に愛されるなんてことは出来ないのである…。あまりにも重たくて深い。だけど私が一番大好きな話です。

そんなお話のDVDはこちら↑から。
ついでに私のシリーズマガジンはこちら↓

最近、ご興味を持っていただけた方がいるのか、そこそこビュー数が伸びていることが嬉しい限り。まもなく彼らのイマーシブシアターも始まるので、始まる前にもう1度くらい書けたらいいな。

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