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伯母、おもう

夏休み、実家に帰省するや否や、夏休みで帰省していたウルトラマン志望の甥(5)に敵認定され、「テヤ!テヤ!」と殴る蹴るの暴行を受ける。

イタイ。なんだこれ。普通に生きているだけなのに泣。

「目に入れてもちっとも痛くない、かわいいかわいい私の甥っ子」と思いたいところだが、実は目の前のリトルエンペラーをやや乾いた気持ちで眺めている独身の伯母、私。

こやつ私ならやっていいと思っているな。
子どもだから許されると思ってるな。
いやいや、私は許さないよ。
大して親しくない親戚のおばさん殴ったり蹴ったりしてんじゃねえよ。
だいたい手をつなぐのを拒まれたり、呼び捨てにされたり、いちいち傷ついてるんだからな。

このストレートさは無邪気と互換され許容されるんだ。
でも無邪気な割に、倒しても一番不都合が起きない私を敵役に指名しているあたり、侮れない。
パパママには身の回りのあれこれやってもらわないかん、じいじばあばには大好きなおもちゃを買ってもらわないかん。そこで普段から貢献の少ない伯母を、ぼこぼこにするわけだ。そこでただでさえ身分の低いのもお見通しの様子。なかなかのやり手である。

なんて思ったりしながら、戦闘ごっこの他、釣り、トランプやかるた等で遊んでやる。
妙に賢いものだから手加減のしようが難しい。
手加減しないで負かすと泣くし、あからさまな手加減はプライドが傷つくようで怒りに任せて喚くのである。「惜敗」しか許されない。

めんどくさい奴。私に似たか。

こうしてリトルエンペラーと数日を共にしたのだが、別れは、「はいはいさいなら(絵本に夢中)」てな感じで、なんともあっさりとしたものだった。
こんな時子どもって、もっと泣いたり名残惜しんだりしないっけ。
散々遊んでやったのに、ちっとも懐かなかったということか。照れ隠しなのか。
もしかしたらあちらもいまいち得体の知れないおばさんの取り扱いに戸惑っていたかもしれないな。
あの執拗な暴行は、甥っ子なりに距離を縮めようとしてのことかもしれない、と前向きに捉えることにした。

一人ぐらしの部屋に帰り着いてから、スマホを取り出し今回撮った甥の写真を眺めてみる。気難しい顔でようわからん戦隊ポーズを決めている。

なんだ、かわいいじゃないか。

ウルトラマンになる夢は潰える日が来るかもしれないが、この5歳児の人生はこれからどのように展開するのだろう。

彼とのトランプゲームを思い出す。
大人顔負け全勝(!)の「神経衰弱」みたいに、得意な事で一番になるもよし。
スペードを出したいという謎の拘りゆえハートやクローバーの不良在庫を抱え惨敗する「七並べ」みたいに、勝負は捨てて自分の納得感を追求する生き方もアリだと伯母は思うよ。

編集:鈴きの彩子 →​https://note.mu/suzukino

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