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受験生玲奈ちゃんとお母さん

受験と言えば玲奈ちゃんとそのお母さんのことを思い出す。
玲奈ちゃんは、中学3年間一緒に進学塾に通っていた塾仲間だ。

平日も夏休みも年末年始も、売れっ子タレントのように夜遅くまでびっしり塾のスケジュールで埋まっていた私たちは、家が近所なことから親が交互に車で送迎をしてくれていた。玲奈ちゃんのうちは、うちの車何台分の金額なのだろうかと思われる程、立派な真っ赤な高級車だった。迎えに来てくれるイケメンのお父さん、おしゃれなお母さん、車中流れる流行りの邦楽。庶民の私がこんな高級車に乗れるなんてラッキー!な半面、思春期の私は半径5メートルで生じている貧富の差にいつも気後れしていたし、勝手に傷ついていたっけ。それを察してか玲奈ちゃんのお母さんは、車中で居心地の悪そうな私に何かと話しかけてくれ、気持ちをほぐしてくれていた。

県立高校受験発表の日。掲示板で合格を確認し、安堵して帰路についてしばらくしてから自宅の電話が鳴った。玲奈ちゃんのお母さんからだった。このところ塾の送迎は玲奈ちゃんのお父さんがしてくれることが多く、なんだか久しぶりだったけれど相変わらず明るい人懐っこい声だった。

「みっちゃん、発表どうだった?受かってた?おめでとう!…玲奈ね、駄目だったのよ」
受験の合否。それも否の方を思いがけず本人以外から聞くこととなり、当時の私は返事に窮してしまった。なんでこの電話取っちゃったんだろ。

私はぼうっと受話器を持ちながら、玲奈ちゃんに思いを巡らせていた。

玲奈ちゃんが受けた高校は、私には志望することすら叶わない県内トップ校だったけど、いつも成績トップの玲奈ちゃんなら大丈夫、と誰もが思っていた。

当日体調悪かったのかな、緊張しちゃったのかな。

健全な自信に溢れていて堂々としている玲奈ちゃん。

玲奈ちゃんの闇のなさやそつのなさがうらやましくて、そして少し苦手だった。地道な努力で人生を順風満帆にできる人。これまでも、これからも。

そんな玲奈ちゃんと不合格という失敗や挫折のイメージが結びつかず、玲奈ちゃんが行くことになるであろう滑り止めの私立高校の、妙に凝ったデザインの制服を着た玲奈ちゃんを想像してみようとしたけど、それは全然うまくいかなかった。

「玲奈ちゃんはお母さんが乳がんになって大変だったんだよ」
あとから母に聞いた話だ。

試験の結果との因果関係は定かではないが、母が癌、となればもはや受験どころではない。玲奈ちゃんはそんな残酷な現実の中で「受験生」をやっていたのである。四六時中一緒にいた私に打ち明けるでもなく。玲奈ちゃんも、当の玲奈ちゃんのお母さんもいつも明るくて全然気づかなかった。

受験ごときで大騒ぎして、母にも甘えっ放しだった自分が恥ずかしくなった。真面目な私の母は、毎日塾へ行く私に手作りの弁当を持たせ、時には夜食を作り、と大張り切りしてくれていた。私から報告される、大体において芳しくないテスト結果に対して、適当ながらもアドバイスやコメントをしてくれた。さぞ面倒だったことだろう。また、そもそも勉強が大嫌いな私が居間でダラダラしていれば、最強に険悪な雰囲気を醸し出し私を勉強部屋へと追い込む等という力技も織り交ぜながら、私の受験をサポートしてくれていた。それもこの力業は、かなりエネルギーを使うにもかかわらず反抗期の中学生の私に「今やろうと思ってたのに」、と鬱陶しがられるという始末。服だってよれよれの80年代風、というかおそらくリアルに80年代購入のトレーナーとか平気で着ていたけど、あれも塾代捻出の為の節約ではないかと後になって気づく。たかだかフツウの高校に行く私の高校受験にかけた母の気力体力も相当なものである。

玲奈ちゃんのお母さんも、受験生の玲奈ちゃんにしてあげたいことたくさんあっただろうに、病の為にそれが敵わないってもどかしいこと多々あったんじゃないかな。それどころか母が癌となれば家族は不安だし落ち込むし、病状によっては看病や介助が必要になる。娘に負担をかけてしまっていること心苦く思っていたんじゃないのかな。もしかしたら、玲奈ちゃんのまさかの不合格も自分のせいって自分を責めてしまってたのかな。

あの時、そんな母としての胸の内をうちの母に聞いて欲しくて思わずうちに電話してきたんじゃないだろうか。

玲奈ちゃんのお母さんはもういないから本当の事はわからない。

“酸いも甘いも乗り越えて、ゲットしましょ、チイサナシアワセ”
玲奈ちゃんちの車で繰り返しかかっていたFUNK THE PEANUTSの歌詞の一節を思い出す。

明るい玲奈ちゃんのお母さんが大好きだった明るい曲。

玲奈ちゃんは、大学進学後どこかのメーカーの研究職として働いていると風の噂で聞いたけど、今頃酸いも甘いも乗り越えて、シアワセ、ゲットしているだろうか。

編集:円(えん)


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