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苦しいと言う権利

あらぞめみずほです。

人間は元来ネガティブな生き物なんだそうです。
ってなんか結構色々なところで聞く話なんですけどね、これ。

それに対して、我々はポジティブでいることが求められる気がします。

ポジティブなエネルギーで生産性があがる、らしいし。
うまくいかなかったことを「うまくいかなかったー」と言っているよりも、次どうしようみたいな切り替えが上手な方が、
まあ確かに前に進めそうな感じはしますけど。

でもそれって、皆が皆できることじゃないんじゃないの?と思います。

ふとすると、ああ毎日つらいなあしんどいなあ苦しいなあと、
そんな気持ちが沸き上がってきて、
朝が来るのが嫌で、
朝ギリギリまでベッドから起き上がれなくて、
起き上がったと思っても、ベッドにすら戻る気力なく床でギリギリまで横たわって。

でも、苦しい、なんて言えない。

なぜなら、ポジティブでいることは、社会人として求められる素質だから。
弱音も吐かず、とにかく前向きに、どんなに失敗しても次の一手を打ち続けなければならない、それが社会。

弱音を吐いていい人というのは、
或る意味選ばれているのかも、と思います。
苦しいと言葉にできる、そういう許し。
もちろん、苦しい人からしたらそれは、
言いたいから言っているのではなくて、自然と零れてしまう涙とか、生理現象みたいなものなのだろうけど。

でもどうしても、苦しいというにも、権利があるように思います。
五体満足だったら?偶然人よりもいい家に住んでいたら?ほんのちょっと勉強ができたら?
たとえどんなに他に苦しいことがあったとしても、
何かひとつ人よりも誇らなければならないステータスを持っていた時点で、
苦しむ権利は剥奪されるのです。

なんて、戯言を言ってみる、深夜手前。

あらぞめみずほでした。

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