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#234 帰省ログ 〜お笑い人生劇場へようこそ〜


実家に帰省して三晩眠ったのだが、もっと何日も居たような気がする。実家では米寿を迎えた父と、84歳の母が迎えてくれて、嬉しいし有り難いことだが、なかなか密度の高い時間を過ごさせてもらっている‥‥

父母というのはこのふたりだ。


上の記事を書いた時から一年が経ったのだが、母のもの忘れはあの頃の比ではなくなっていた‥‥

母は毎日せっせと忙しい。いや『思い』だけが忙しい。判断は早いが、それが思い込みになってしまい、一度変更した後でも、変更前のことをやってしまっている。


朝「A(ドラッグストアの名)で刺身買う」というメモを書く。
なぜ刺身を買うのに薬局なのか?と最初は意味がわからなかったが、この町に唯一あった総合ストアが潰れたので、跡地に建ったドラッグストアが鮮魚までも扱っているのだ。浜があり新鮮な魚にこと欠かなかったこの町で、今では車に乗れないお年寄りたちに残されたのは、ドラッグストアで売られる、どこのものとも分からない刺身。父は、絶対にAの刺し身は食べたくないと言う。「いつも言うとるのに」というが、母には全く伝わっていない。
父もたまには刺し身を食べたいだろうと信じ込んでいる。ふたりの思いの乖離は甚だしい。

問題なのは、家の大きな冷蔵庫にはドアが閉まらないほどの生協の食品が貯蔵されていることだ。もちろん母が自分で注文したものだ。
母に一つ一つ手にとって見せて「これもこれも。魚ならたくさんあるから、Aストアは行かなくていいね」と納得してもらう。

「ほんとやあ。気ぃつかんかったわぁ」と素直に応じるが、しばらくすると「刺し身買いに行ってくる」と準備を始める。
さっき納得したにも関わらず、残っていたメモの『Aで刺身買う』を見つけてしまうからだ。

実は母は、Aストアと図書館をセットにして出かけるほど本が好きだ。
メモを私が書き直し、母に渡した。

「今日はAには行かない。冷蔵庫にある鮭の西京漬けを焼く予定。なんならイワシの丸干もあり。図書館だけ行って帰ってくる。

もはやエッセイだ‥‥
けれどもこれが効いたのが可笑しい。



トイレ前の洗面所は寒いので、実家では台所で歯を磨く。二台あるキッチンシンクのひとつで私は、母の隣に立って歯磨きをしていた。

「ほりゃ、喋らんか?」(それは喋るのか?)と訊いてくる母。

初めは意味がわからなかったが、私の電動ソニック歯ブラシが喋っているように聞こえるようなのだ。
今のところ、母は毎朝おなじことを訊いてきている‥‥



台所でグツグツ何かが煮えたぎっている。何かと思い蓋を開けたら1パック分ほどの卵だった。母はおでんを作るため卵を茹でていたと言った。

どれだけの間煮ていたのか分かりやしない。すぐに火を止めて蓋をした。
もし仮にまだ黄身が半熟でも、蓋をしておけば白身は間違いなく剥ける状態になるだろう‥‥
後で義姉と姪とおしゃべりしながら、みんなで卵の殻を剥いた。

次に気付いたとき、台所ではまたグツグツ何かが煮えたぎっていた。
不審に思い開けてみると、それはくだんの剥き卵が、ぐらぐら揺れる透明のお湯のなかで耐えているさまだった。卵はすべて鍋底にくっついており、取り出す時少しずつ剥がれた。

おでんはどうなったんだ?
大根、はんぺん、すじ肉、こんにゃく‥‥、ショッピングリストなるものは貼ってあるが、家にはどれひとつなかったので、わざわざ今日おでんでなければいけない動機が弱い。冷凍庫にあった豚バラ煮を使って、煮卵を作るよ、と母に説明し私が作ってしまった。
こうしてやっと母の頭からおでんは消えた。
ところが翌日鍋に残った卵二個が、少ない煮汁のなかで焦げる寸前まで煮られており、危機一髪で救った。
卵の一生が母によってどれだけの試練に遭ったか、と考えただけで気の毒で泣けてくる。
最後まで美味しく食べられたことが奇跡のようだと思う。


‥‥老いること、惚けること。私にもそんな日は来る。

今日は母のことを書いたが、実家到着早々、父も相当なことをやってくれている💦
彼らのことを笑ってはいけないと思うと同時に、笑えている時が花だとも思う。
そりゃあ疲れるけれど、私が両親といられる時間といったらほんの少しだ。

家ではお笑い人生劇場を楽しもうと決めている。



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