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日本酒史観 純米酒を極める 以後について

大学時代に 純米酒を極める(上原浩) に出合って以来、ずっと日本酒にハマってきた。



15年間。実際に飲んでみて、本を読んで、酒屋の店主から教わって、自分の中でなんとなく見えてきた日本酒史観とでもいうべきものを言語化してみたい。

結論は、
戦後に日本酒は
第一世代:1990年代に確立 淡麗辛口 地酒ブーム
第二世代:2000年代に確立 純米酒 旨口 燗酒
第三世代:2010年代に確立 酒質設計 世代交代 
と世代を分類でき、現在の日本酒業界は、まさに 酒屋万流 の活況、手頃な値段で様々な個性の酒を楽しめるようになっている。しかもそのどれを選んでも品質はかつてないほど高い。
というものだ。

本稿は、 前半(具体的には第二世代の記述まで)を 純米酒を極める の記述に多くを負うている、後半をそのアップデートの試みとしての 第三世代 という分類の提案 という構成になっている。途中で一言メモと称して、銘柄の紹介や用語の説明を挟んだ。
日本酒史観といっても、古代の醸造から振り返るのではなく、戦後の嗜好品、美食の対象としての日本酒に焦点を当てる。世代の分類については、筆者のアマチュア愛好家としての限界というべきか、データを揃えての時代考証を厳密に行った訳ではなく、味わいをイメージするための経験則程度のものであると書き添えておく。

第一世代 
地酒ブームは、 三倍増酒 のアンチテーゼとして起こった。
 三倍増酒 とは何か。戦後の米不足から、日本酒をアルコールと水で薄めて、ブドウ糖、アミノ酸を添加した酒が作られ、主流となった。三倍増酒によって、日本酒は甘ったるく、アルコールが鼻につき、悪酔いする というイメージを作られた。アルコールと水で薄めてしまうのだから、元の酒の品質はそう問われない。大手蔵は小規模の蔵の酒を買い上げ、自社ブランドの三倍増酒として売り出した。これを 桶買い という。 桶買い によって小規模蔵も含めた日本全国の蔵で質の高い日本酒を作るモチベーションが失われた。だが、それでも農水省の統計によれば1974年までは日本酒の消費量は増加していった。
1980年台になると消費者の成熟を背景に対価を払っても、 ホンモノ の酒に対する需要が生じた。この時代の人気銘柄を第一世代前期と呼ぶことにする。
まず、注目されたのは、北陸、新潟のフルーティーで、スッキリした味わいを持った酒だった。
「八海山」「浦霞」…。これらの銘柄は現在もなお、言わば日本酒のスタンダードナンバーとして、入手しやすく、安心して飲める酒として日本酒のレベルの土台を支えている。

一口メモ1
筆者の好きな日本酒①
八海山 純米吟醸


日本酒の優等生。都内の高級スーパーに行けば買える手軽さと、どんな温度でもよし、単品でよし、食べ物と合わせてもよし。年度による品質のばらつきを感じさせない安定性。味わいは、基本フルーティーだがコメの甘みも感じるバランスタイプ。欠点がない。まさに優等生。おススメは敢えて燗。コメの甘みが引き立ち、フルーティーさの中にかすかな胡麻のようなニュアンスが現れる。例えるなら冷静な優等生が本気になってかすかに見せた激情。

1990年台になると、本物志向が一層進み、吟醸、山廃ブームが起こる。
吟醸とは、コメを多く磨き低温発酵させて作った酒で、スッキリ、フルーティーな酒を作り易い。山廃とは、酛(もと)という、麹菌を純粋培養するための乳酸のプールを作るために、空気中の菌類を取り入れて作る方法で、ドッシリ、濃醇な酒を作り易い。富山の能登杜氏が得意とした。
香りをより華やかに。あるいは、どっしりと本格的に。消費者の本物志向が酒質の改善を促した。
「菊姫」「久保田」…。バブル景気に後押しされて、プレミアム価格がついたのもこの第一世代後期の特徴だ。筆者の学生時代(2000年台前半)定価5000円台の久保田・万寿が空港で数万円で売られていたことを思い出す。 アサヒスーパードライ のヒットを受けてビールは淡麗辛口ブーム。日本酒も吟醸酒を冷やして飲むスタイルが一般的であった。

一口メモ2
世代間をつなぐ 元菊姫杜氏 農口尚彦氏
第一世代後期のスター 菊姫 を語るには、能登四天王 農口尚彦の存在が欠かせない。農口氏はキャリアの前半を菊姫の杜氏として、山廃、吟醸ブームの中心人物として一世を風靡した。1997年 菊姫合資会社 を退任。1998年 鹿野酒造合資会社 の杜氏に着任。銘柄 常きげん にて、菊姫では封印していた純米大吟醸をリリースするなど、筆者の分類でいう第二世代の杜氏として存在感を発揮した。2012年 鹿野酒造合資会社 を退任。2013年 農口酒造 を立ち上げる。2018年現在、銘柄 農口酒造研究所 にて、活躍中。型にはまらない今の農口氏のあり方は、第三世代に分類されよう。農口氏の作った酒は、いつ、どんな酒を飲んでも、これは農口氏の酒だ、という個性を備えている。黄色い。ガツンとくる甘さ。それでいて酸が効いているので呑み飽きしない。特徴的な香り成分のバランス。能登の樵が仕事上がりに うんめー と飲む酒を、高級料亭のリストに載せても全くおかしくない品質の日本酒に昇華させた。それが農口氏の酒である。最近の 農口研究所 の酒を飲んでみた限り、さすがに衰えは見られるものの、まだまだ農口節は健在である。

一口メモ3
筆者の好きな日本酒②
菊姫 鶴乃里


日本酒の優等生その2。八海山 純米吟醸 が品行方正・学業優秀な優等生なら、こちらは質実剛健・文武両道なスポーツマンタイプの優等生。ちょっと有名な日本酒屋(例えば西荻窪の三ツ矢酒店など)に行けばいつでも手に入る手軽さで、本格的な山廃純米酒が味わえる。農口氏が去った後の菊姫は大量生産と質の維持の両立に成功した。その象徴とも言える一本。黄色い、甘い、特徴的な香味バランス、とまさにこれこそ量産型・農口スタイル。兵庫県産特A山田錦(とても高級な良い酒米)を使って常に85点をとり続ける。こういう酒があるから日本酒業界の層の厚さはただ事ではない。

第二世代
酒は純米 燗ならなお良し
純米酒を極める の筆者 故上原浩先生の言葉だ。
筆者の第二世代の分類は、一般的なマーケターや民俗学者の観察とは一致しないかもしれない。
それでも私にとって、第二世代:私が日本酒にハマるきっかけを作り、今なお日本酒を考える軸となっているグループ の特徴とは、上原先生が推奨するような、香りは大人しめであっても、燗映えし、十分に熟成している、あるいは熟成するポテンシャルを秘めた酒 と定義することになんらためらいはない。言い換えれば、第一世代のブームには乗らなかったが、独自に品質向上を志向し続けてきた小規模な伝統蔵たちだ。第二世代の特徴は、その品質の多くを伝統的な杜氏の才覚によっているという点だ。そのため、2010年前後に発生した杜氏の引退によって、味が変わってしまった蔵も少なくない。 鷹勇:当代随一の名杜氏 坂本氏の務めたこの銘醸は、坂本氏の引退とともに、普通のいい蔵 に落ち着いた。大七:生酛(山廃作りのさらに手間がかかるバージョン)の第一人者と思しきこの蔵も、蔵の移転と設備投資以降、香味バランスが変わった。
「神亀」「竹鶴」「日置桜」「弁天娘」…。それでも、現在まで上原イズムを継承する蔵は数多く存在する。
熟成と燗映えを日本酒の魅力と考えた場合、純米酒が適している。規定量とはいえ、アルコールを添加すれば、香り高いが、口に含むと味わいが薄い(スッキリしているとも言える)酒を作りやすい。香味成分はアルコールに溶けやすいからだ。熟成には時間がかかるので、コメを削って原料費をかけない方が良い。また、コメを削りすぎると、旨味となるコメのタンパク質が減って、淡白な酒になりがちだ。これでは熟成させても面白くない。香りではなく、口に含んだ旨味とスッキリした辛口を両立させた、できれば熟成させた日本酒を燗にして味わったときの美味さは何物にも代えがたい。筆者は、上原先生がそうであったように、夏でも然るべき酒を燗にして飲む者である。

一口メモ4
筆者の好きな日本酒③
弁天娘 (速醸・純米なら銘柄はなんでも)


弁天娘 は酒造技師としての上原先生が最晩年に指導された ポスト鷹勇 とでもいうべき酒蔵。小規模なので手に入りにくいのが欠点だが、武蔵関の大塚酒店に行けば手に入る。


完全な男酒である。開けたては、ほとんど味がしないくらいの辛口。開けて数日経つあたりから徐々に味と香りが出てくる。燗にしたとき、かすかに檜のような爽やかな風味とともに、コメの甘み、旨味がスッと入ってきて、口の中を洗い流す。弁天娘 は、純米吟醸、純米大吟醸ではなく、純米をお勧めしたい。ランクが上がるにつれて香り、旨味、甘みがよりはっきりするわけだが、それはストロングスタイルの男酒から遠ざかることをも意味する。山廃、生酛よりも速醸系がいい。最も個性的な 純米 を 燗で つまみととともに味わっていただきたい。生活の酒とグルメとしてのオンリーワンの日本酒をどう両立させるか。その答えの一端がそこにある。

第三世代
名杜氏の高齢化は世代交代を起こし、日本酒の需要の減少(2010年に入ると、清酒の消費量はピーク時である1974年の約三分の一にまで落ち込んだ。)は日本酒業界の淘汰を促した。
実際、1975年には約3000あった蔵は、2011年には約1500と半数にまで減っている。
そうした日本酒業界にとっての逆風に対し作り手は変革することを余儀なくされた。それができないものは潰れていった。
第三世代に分類されるのは、伝統というよりは革新、消費者志向で自らのポジションに自覚的な作り手たちである。第三世代の味わいの特徴を一概にいうことは難しいが、低アルコール フレッシュさ重視、時に微発泡 とは一応言えると思う。
作り手の特徴を挙げることの方が簡単だ。早慶・旧帝大クラスの高学歴な若者が杜氏・蔵元になったケースが多い。多くは家が蔵元だったため、数年の別業種での経験を積んだ後、蔵に入った。そして革新を起こした。革新の世代 それが第三世代の定義だ。
作り手のインテリ、高学歴化に並んで、第三世代を特徴づけるのは、最新のテクノロジーと伝統の蓄積を併用することだ。第三世代を特徴づける概念として 酒質設計 という言葉がある。
これは マーケティング、ブランドイメージ等から狙った味わいを狙った通りに作る ということで、この思想に基づいて、例えば一つの蔵で、モダンなAラインとクラシックな(第1第2世代風の)Bラインという風に複数の銘柄を立ち上げることがなされている。
「新政」「仙禽」「屋守」「風の杜」…。いずれも今後が楽しみな蔵だ。

「新政」という蔵がある。2000年代初頭には時代ものの蔵(終わった蔵)と思われていた。協会6号酵母:日本酒協会に特に優れた酵母と認められた認定酵母、その6番目は新政から採取された。6号酵母で醸した酒は梅のような可憐な香りがあり、熟成、山廃生酛に適していた。時は流れ、熊本 香露代から9号酵母が採取されるに至り、6号酵母は使われなくなった。曰く、品評会で入賞するためにはYK 35:(Y)山田錦で(K)熊本酵母(=9号酵母)で、35%精米で作ると品評会で入賞するというジョークもあったくらい、2000年代初頭には新政酒造も含めて9号酵母を使う蔵が多かった。2007年に佐藤祐輔(東大卒)が8代目蔵元を踏襲したとき、蔵は債務超過スレスレだったという。
生産量を3分の2にした。全量6号酵母にしてかつ純米・生酒(上槽後の火入れを行わない酒)・生酛にした。これらの改革がどれほどの現場の抵抗にあったか 私は書けない。ただ、現在新政は、近隣の酒屋(三鷹 碇屋酒店)で一人1本までの購入制限がついているほどの超人気銘柄であり、つまり佐藤氏は賭けに勝ったのだ。現在の新政の酒の味は必ずしも私の好みではないが、改革を断行する姿勢、旺盛な商品開発力、自らの立ち位置を戦略的に考える姿勢には大いに共感する。今後の新政に目が話せない。

一口メモ5
筆者の好きな日本酒④
玉川 自然仕込み 山廃 純米 白ラベル(以下、玉川 白ラベルと略称)


第三世代に属しながら、異彩を放つのが 玉川 だ。
小規模なので手に入りにくいのが欠点だが、武蔵関の大塚酒店に行けば手に入る。
http://www.ootukaya.net/index.php
第三世代:2010年前後に世代交代が起こり、改革を断行した蔵 は低アルコールでフレッシュな酒質を提示するケースが多いが、玉川は濃厚な山廃を売りにする。杜氏のフィリップ・ハーパー氏はイギリス人。オックスフォード大学卒業後、文学の研究のため来日し、そこで日本酒と出会い、梅乃宿酒造、須藤本家(茨木にある日本最古の蔵)などの銘醸で働き、杜氏となった異色の経歴の持ち主である。160年の歴史を誇る木下酒造と、日本酒に恋したイギリス人杜氏が出会ったとき、玉川 が生まれた。玉川 白ラベル は、山廃、蔵つき酵母で醸す、蔵の発酵力の限界を試す酒だ。通常の酒造りでは、日本酒協会から配布される酵母を使うが、本作品はそれを使わない。通常の酒造りでは、発酵はアルコール度18%付近で人為的に止める。自らが作ったアルコールによって酵母菌が死滅するためアルコール度20%を超えることは不可能とされているが、玉川 白ラベル はアルコール度20%を超えることが少なくない(アルコール度数は年度によって変わる)。味わいは飲み手の日本酒観を揺さぶるパワーを持った強烈なものだ。
エキスが濃い。とても甘い。独特の香味バランス。杏や八角などエキゾチックな香辛料の香りがする。そして何より驚くべきことは、全体として、とても美味いということだ。どのような飲み方でもいいが、キンキンに冷やしてグイグイ飲むことを推奨したい。アルコールが強いはずなのだが、甘みが強いのでとても飲みやすい。
蔵の発酵力を試すと同時に、日本酒の新たなる可能性をも示した本作品は必飲である。

まとめ
現在の日本酒業界は、質と価格のバランス、多様性という観点で、黄金時代に突入していると思う。第一世代:1990年代にブレイクしプレミア価格がついた銘醸蔵の価格が落ち着き、廉価で安定した酒質の酒を大量に提供しており、第二世代:伝統を守る知る人ぞ知る小規模な銘醸も健在である。第三世代:30才から40才の若い世代が革新的な試みをしている。味の好みに応じて選んでもいいし、それぞれの蔵の物語を知ることもまた楽しい。いずれの日本酒もワインに比べれば廉価に手に入る(日本酒は720mlで最高級品せいぜい5000円だが、ワインは50万円を超える。デイリーユースの価格帯では日本酒:1000〜2000円、ワイン:1000円代後半〜3000円前半くらい)。日本に生まれたことを感謝しながら、今晩も燗酒を楽しむことにしよう。

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