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午前5時、渋谷。

「都会って 狭くって 星一つも見えないけど」

朝の5時。始発に飛び乗り集合場所へと急ぐ。
眠たい目を擦りながらすかすかの車両を観察する。通勤ラッシュと違って、香水や汗の香りを感じない代わりに少しアルコールの気配がする。始発はまだ夜が明けてない人と、既に朝を迎えている人とで朝と夜を両方感じられるお得な時間だ。私はこの空間がかなり好きだ。イヤホンから流れ出る心地よい音楽を聴きながら周りを観察する。異国の恋人達が座席を5個くらい使ってくっついていたり鍋を食べていたりと軽く異世界である。これぞまさに「東京」だなと感じられて、今自分が東京にいるんだと改めて教えられる。

渋谷に着いて冬の突き刺さるような空気を肌に感じ、集合場所へと足を忙しく動かす。この時期はまだ朝が明けきってはいないため少しほの暗い。東京に来て何度早朝の渋谷を見ただろう。いつもは人がパンパンに詰まったスクランブル交差点も朝は開放的だ。元々開放された空間ではあるのだが普段は大きな1つの箱に人々が詰め込まれている。そのため時間に余裕はないが、こういう貴重な日はいつもより贅沢にスクランブル交差点を味わいたい。A8から出た時から私にはハチ公前広場がレアアイテムが沢山ゲット出来る狩場のように見える。少し縒れたスーツを着て「まだ飲むぞ~!」と叫ぶサラリーマン、煌びやかな服に身を包んだ今退勤したであろう女性、そもそも渋谷が住みかな人、様々な宝物がいる。普段のハチ公前では人で溢れかえりこんなにもまじまじと観察することは出来ないのでこの時間はとても貴重だ。ただ時間は限られているので、この空間を抱きしめていたい気持ちは山々だが先を急ぐ。
いつも思うが5:30集合よりも前に絶対に来てくださっているスタッフさんやロケバスの運転手さんは何時に起きてくださっているのだろう。そう思うと絶対に遅刻出来ない。

赤のライトが青に変わるのを待っている間「バス到着しました~!」とマネージャーさんからの通知を確認し、ライトが着せ替えをしたと同時にヒールの音を鳴らしながら少し早く歩く。ふくらはぎに貼った浮腫取り用のシートを隠すためのロングスカートが足を搦める。バスの前にもこもこのお洋服を着たマネージャーさんを視認し、コンクリートの上を走る。「いつもジャージだから気付かなかったよ。ロングコート着てたら渋谷にいる人みたいだね」と挨拶がてら言われた。確かに私にしては珍しい、OLさんがいかにも着てそうなベージュのロングコートを羽織っていた。そっか、これは東京っぽいのか、とぼんやりと思いながらバスに乗り込む。顔なじみのメイクさんとスタイリストさんがきゃっきゃとケータリングのおにぎりを選んでいた。「麻倉も食べな?」と当たり前のように聞いてくれる優しくて暖かい人達。麻倉になってまだ2年しか経ってないが、この1年でかなり馴染みが深くなった名字だ。スタッフさんはだいたい私のことを「麻倉」と呼ぶ。他の子達はだいたいさん付けであったり名前にちゃん付けだったりするのだが、私は謎にどのスタッフさんからも芸能で使っている名字で呼ばれる。これがかなり嬉しい。少し心の距離が近くなった気がするし、雑に扱われるのが割と好きだったりする。朝は食べないのでお礼を言いながら断り、それを見たマネージャーさんが「じゃあ私食べよ~」と言いながらスパムおにぎりか鮭おにぎりかで迷っているのを微笑ましく眺める。こういう風に寒い冬を暖めてくれる空気を持つマネージャーさんが私は大好きだ。なんでも話せるしいざという時は守ってくれる素敵なお母さんのような人。マネージャーさんがいるからこの事務所にいると言っても過言ではない。

そんな素敵な空間を乗せてバスは走り出した。
みんな早起きなので走り出したと同時に夢の中に潜り込む。その気配を感じてかふっと電気が消えた。
その心遣いがなんとも暖かい。グラビアの現場は思いやりで出来ている。ふわふわとみんなが気持ちよく過ごせるような、そんな空気。全員の心がきちんと大人だから、素敵な現場を作り出せる。当たり前のようで心も体も大人な人間はそう多くは無い。

そんな穏やかな空気を感じ、瞼が自然と重くなる。そろそろ夢に潜り込む時間だ。目が覚めた時にはお隣の県。

おやすみなさい。またね渋谷。
そんな穏やかな朝。


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