「いちご同盟」と「四月は君の嘘」

こんにちは~!タイトルからお察しのことと思いますが、まだ全然四月は君の嘘の世界から戻ってきていません。ミュージカル観たの、いつ…?(6月及び7月です)

今回は君嘘と、君嘘にてその台詞が引用されているいちご同盟について書きたいなと思って筆を執りました。いちご同盟は昔読んだことがあり、「同盟」の意味しか覚えていなかったのですが、久しぶりに読んだらあまりに君嘘とストーリーの重なる部分が多かったので(オマージュ元なんですね?知らなかった!)ちょっと比較して考察してみたくなりこんなことになってます。宜しければお付き合いください。

※この記事、「四月は君の嘘」(この記事では四月は君の嘘=基本的にはミュージカル版を指しています)についても「いちご同盟」についても思いっきりストーリーに触れているので、これから読まれる方はお気を付けください!お願いします。


①いちご同盟とは                                               この記事を読んでくださる方は恐らくいちご同盟については読まれていたりいなかったりだと思うので、ここからいきます。いちご同盟はピアノをやっている15歳の少年が主人公で、同じ中学の男の子(野球部のエースで女子人気が高い)を通じてその幼なじみの女の子(病気で入院中)と出会い、自分を見つめ直していく物語です。

もうこの時点で、公生、渡、かをりだ~!となるのですが、各々のキャラや状況は君嘘とかなり違います。また、椿にあたるキャラはいません。

②「あたしと、心中しない?」                           いきなりですが、ミュージカル版で出てきたいちご同盟の台詞です。君嘘原作ではもっと台詞の引用があるのですが、私が分かった限りでは、ミュージカル版ではこれだけだったかと思います。いちご同盟の主人公はピアノも、勉強も全てが上手くいかないことに人生の行き詰まりを感じ、自分から亡くなった同年代の子の手記ばかり読んでいて、成り行きでお見舞いに行くことになったヒロインの病室で、そのことについて話します。これは、そのお見舞い後にヒロインが主人公に投げ掛ける言葉なんですよね…。

もうお分かりかと思いますが、いちご同盟は特に序盤、めちゃめちゃシリアスです!!!渡が「名前が美味しそうだから持ってきた!」ってかをりにこの本渡した時「待って?!!」って叫びそうになったもん。人に貸す本の内容確認、大切…!

③足された要素                                                   君嘘にはあっていちご同盟にはない(あるいはそれ程重点的に描かれていない)部分を便宜上こう書きます。ヒロインも演奏家であるとか、色々あるのですが、ここでは私がミュージカル四月は君の嘘を観て特に大きなテーマに繋がっていると感じた部分のみ抜粋します。

・主人公の母親が故人                                       いちご同盟では主人公の両親は健在です。けれど関係性は良いとは言えず、それがまた彼を苦しめる要因となっています。翻って君嘘においては、母親が故人=もう関係の改善を図ることが出来ないという純然たる事実が主人公を苦しめています。

これ、公生が自分の演奏するピアノの音だけ聴こえないという部分にもかかってくるんですよね。ミュージカル版ではその部分について言及がありませんでしたが、原作では公生はピアノが弾けるようになっても、音は聞こえないまま。聞こえないまま弾いている、聞こえないならその状態のまま弾くという決断を彼は下しています。

これが何に繋がっているかというと、状況そのまま「戻らない失ったもの(人)」とどう向き合うか、というテーマです。                       君嘘ではこれを                                                       ・母親                                                                   ・ピアノの音                                                       ・かをり                                                                を通して、繰り返し描いています。それらに対する公生の答えが、かをりの言葉が私にとってとても共鳴できるものだったので、この作品を初めて観たとき同行者もドン引きの号泣をキメてしまったのですが…。

失ったものにどう向き合うかの答えは各々の登場人物が見出だしていきますが、大きなくくりとしては、公生役の小関さんが兵庫公演のカーテンコールで仰っていた、「この作品はどうしても死について考えてしまうけれど、どう生きたか、どう生きたいかということについて描いている」(完全にニュアンスです、すみません!)に集約されるのかな…と思っています。

母親と公生の関係については、どう別れたかではなくどう一緒に時間を過ごし、何を与えてもらったかを、ピアノの音についてはかをりが「(聞こえないなら)心のまま弾けば良い」と聞こえないことで何から自由になったかを、かをりとの別れからは何が公生の中に残ったかを、一貫して何を得たかに光を当てています。

これ、いちご同盟でも四月は君の嘘でもテーマになっている「自分という人間の価値を試され続ける中でどう生きていくか」に匹敵する大きなテーマで、しかもそれより観客の心に温かい気持ちを残す部分なんじゃないかなと感じました。前者は力強く観客を励ますけど、後者は変えることの出来ない事実への後悔や苦しみに新たな視点を与え、暗闇の中から救いだしてくれるような側面を持つからです。ミュージカル版の歌詞にも現れる流れ星みたいな…。

色々書いたんですが、要はその、温かい部分にとっても気持ちが救われたよ!希望を見たよ!本当に大好きで忘れられないから再演と円盤が欲しいよ!(どさくさ)と言いたいだけの文章です。また、いちご同盟については今回あまり感想を書いていませんが、こちらの作品が持つ、1990年代の昭和の空気が色濃く残る中、全然友達みたいではない権力者のような親や、ガキ大将っぽく強引だけど憎めない友達、いつも主人公を見透かし鋭い言葉を返してくるけれど繊細なヒロインたちが必死に、暴力的なまでに自分自身をぶつけ合って生きている様は私の目にとても眩しく映ったので、それも併せてお伝えします。印象的な台詞もいっぱいあるので…でも心にずっしりくるから、元気な時に!元気な時に読んでくださいね!宜しくお願いします。

以上、ミュージカル四月は君の嘘から抜け出せない人間の考察でした。こんな素敵な作品と出会えたことが嬉しいよ~!!!それでは!

#四月は君の嘘 #いちご同盟