食べ歩きがたのしい理由は、読書のそれとよく似ている

東京に住んでいたころ、つまり今年の6月前半までは、よく食べ歩いていました。外食がメインのため自炊はほとんどせずに、できるだけ新しいお店に通うようにしていました。相当なお気に入りのお店に限っては再訪するのですが、好奇心から初めてのお店を選ぶことが多かったですね。

食べに行くのに特別な理由はない
どこかになにかを食べに行くとき、わたしに決まったパターンというものは特にありません。時間があるから、食べに行くのです。遠さもあまり関係ありません。時間の許す範囲で、動ける場所ならどこへでも行きました。面白いのは、特に気分の晴れない日にも、わたしは果敢に初めてのお店に足を運んでいたという点です。食べログやグーグルで容易に口コミが調べられる昨今ですら、実際行ってみなければわからないことは多々あります。多少なりともストレスがかかる行動なんですよね、飲食店の新規開拓って。なので、すでにストレスを抱えている状態で、さらにストレスのかかる行動に出るというのは、一見するとあまりプラスにならない行為です。なのですが、わたしはそこに向かうんですよ。鬱屈とした、仄暗い気持ちを抱えたまま地下鉄に揺られて、手元のiPhoneで食べログの「行きたい店」リストを眺めているんです。電車が一駅ごとに家に近くたび、検索する最寄駅の名前をひとつずつずらしながら。

その瞬間の楽しさがすべてではない
ところが食べ物というのはすごいもので、ちょっとした気分の落ち込みをなかったことにしてくれます。おいしいものを食べると、元気になる。反対に、味付けが好みでなかったり、お店のなかで不快な気持ちになってしまうこともある。でも、大抵の場合、わたしは「来なければよかった」とは思わないんです。というのは、マイナスもバツもすべてサンプルで、比較対象で、自分の経験なんです。それらは次へのステップになります。高いお金を払って食べたコース料理がいまいちだったとき、それがどうしていまいちだったのか、自分のなかで言語化できるか?できないとしたら、それはなぜか?経験値なのか、知識の不足なのか、自分の好みを把握できていないが故なのか。次、次、次、と飲食店開拓をすすめていくなかで、自然と頭の中、もしくは舌の奥に眠っていた記憶、感動、違和感は連結して、無意識に答えを出していきます。頻繁に食べ歩いていると、その動きも加速化されて、毎日が驚きと発見の連続になります。
こういった頭の動きが、食べ歩きと読書ではよく似ているような気がします。食べ歩くひとは、傾向はあれどさまざまなジャンルの料理を食べに行きますし、本を読むひともまた、傾向はあれどさまざまなジャンルの本を読みます。ときには意識的につながりを考えて店をまわり、ときには無意識に行った店のつながりに驚かされる。そんなところも、似ています。

だからやめられないんですよね、食べ歩きって、たのしくって。

あんまりまとまりがありませんが、書きたかったことは、こんな感じです。
偶にはこうやって徒然に文字を綴るのも、いいもんですね。

実際にいったお店のレポなんかも書いていますので、ご興味あれば。

これは沖縄編。

こっちは東京編。

これは直近の東京&沖縄レポ。

上ふたつは無料で読めます。たのしんでもらえたら、うれしいです。

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嘉手川瑞姫

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