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支部って何? 本部があるの?

 二次創作を嗜んでいる方ならすぐに分かるであろう、タイトルの意味。あなたは分かっただろうか。
 これは隠語である。
 隠語とは「特定の仲間の間だけで通じるように、仕立てた語」。
 つまりこれが分かったという、あなた。
 あなたは紛れもなく、お仲間である。

 初めて腐に落ち、二次創作の沼にハマった2年前。当初、私はこの意味が分からなかった。
 この単語を初めて見たのは、ある絵描きさんのX(当時はツイッター)のプロフィールである。『イラストは支部にあります』というようなことが書いてあったのだが、私はこの「支部」が分からなかった。

 この絵描きさんは別のアカウントを持っていて、そこを支部と呼んでいるのだろうか。ということは、今見ているこのアカウントが本部だろうか。
 かなり長い間、私は本気でそう思っていた。

 種明かしをすると、『支部』というのはピクシブのことである。ピクシブをご存じでない方もいるかもしれないので説明すると、漫画・イラスト・小説の投稿と閲覧に特化した、会員制サイトである。投稿されている作品数は膨大で、特に二次創作をしている人はほぼ利用していると言っても過言ではない巨大サイトであり、かくいう私も大変お世話になっている。

 このピクシブのことを支部と呼んでいるのだが、もちろん『イラストはピクシブにあります』とXに書いても問題はない。だが、我々二次創作の沼の住民は、よくこのように隠語を多用する。もう隠語は日常語と言ってもいいぐらいだ。
 どうしてそこまで隠語を使うのか。
 それは我々が人目を避け、闇に生きる民だからである。

 二次創作というのは、どこまで行ってもグレーゾーンだ。一次創作のキャラや設定を勝手に借りている。だから我々は、原作者サイドに間違っても迷惑がかからないように、配慮を怠らない。

 原作はリスペクトする存在で、それを描かれる先生は神。
 我々は神が与えてくれる作品や、『落書き』と称される信じられないぐらい上手な絵を糧に、アニメや公式グッズやコラボ商品を供給と称して摂取する。
 それと同時に、自分の中で咀嚼したものを、二次創作として吐き出す。
 そういう生き物なのである。

 我々二次創作者が、日の下を歩くことはない。特に我々は腐っているので、さらに日陰の身である。隠語を理解できる仲間とだけ、闇の中を隠れるように生きている。
 Xのような、誰でも見ることができる巨大SNSならさらに慎重にならざるを得ない事情が分かるだろう。そのために隠語を使うのである。

 この隠語、知らない人が見れば本当に暗号のようである。まず、作品名とキャラ名は絶対に書かない。その界隈だけで通じる表記がある。キャラ名は漢字一文字だったり一部をカタカナ表記にしたり、一番多いのは絵文字である。界隈によってルールが違うし、なんなら同じ界隈でも人によって違うこともある。私も気分で3種類ぐらい使い分けている。だがどれを使おうと、同士はすぐに分かってくれる。それでこそ隠語である。
 だが最初は、本当にどの作品のどのキャラのことを言っているのか、まるで分からない。私も今でこそどのキャラのことかスムーズに理解できるが、他の作品となるととんと分からなくなる。隠語としての機能を果たしていると言えよう。

 以前、この隠語であるはずの絵文字が、Xのトレンドに入ってしまったことがあった。原作が盛り上がり、みんなが一斉にこの隠語で呟いたのでランキング入りしてしまったのである。
 この時は「隠語の意味とは」という議論も一部あったようだが、結局その後も隠語は検索避けとして使われ続けている。

 このキャラ名を他の記号に置き換えるやり方だが、ダイレクトメールのような他の人の目に触れない場所では当然やる必要はない。私もXのDMで腐仲間と会話をするときは、キャラ名をそのまま書いている。
 だが面白いことに、相手はDMだというのに、隠語の絵文字を使って返してくる。もうその隠語が、骨の髄にまで染み付いてしまっているのだろう。腐女子の鑑である。

 ところで腐女子といえば、我々はピクシブやキャラ名以外にもたくさんの隠語を日常的に使っている。特に重要なのが、カップリングと呼ばれる隠語であろう。

 カップリング。つまり、キャラクター同士の恋愛関係を表す言葉である。腐の世界ではカップルはどちらも男であるため、このカップリング表記はさらに重要な意味を持つ。これによって、ベッドの上でどちらが男役か女役かが分かるのだ。
 カップリングは主に「AB」のように表記される。Aに当たる人物が男役、Bに当たる人物が女役である。攻めと受け、タチとネコである。
 
 面白いことに我々は、このカップリングを自分の所属のように使っている。名刺に記載される、会社の所属部署のようなものだ。ピクシブやXのプロフィールにも、もちろん書いてある。
「あっ、私、ABにいます〇〇と申します」
「初めまして。私はCDです」
「CDですか〜、あの界隈今すごい盛り上がってますよね〜」
 という会話を、私もX上でしたことがある。

 ABとCDは全く別の沼だ。腐の世界には数多くの沼がある。相手の沼のことはよく知らなくても、同じように沼に浸かっている時点で我々は仲間であり、このような会話も成り立つのである。

 我々はこのように、日々隠語を駆使しながら沼の底に生息している。
 時々降ってくる、『公式』という名の天の恵みを歓喜して受け取り、そして自分の中で膨れ上がる妄想を、『二次創作』という形で吐き出す。そしてそれを、同じ沼の住民と共有する。
 我々は今日も隠語を合言葉に、沼で生きている。

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