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てぃくる 666 伏せる

「なんでも背伸びすりゃあいいってもんじゃねえんだよ」

 そう言って、ぺしゃんこの布団から父がよろりと上体を起こした。背中に大きなクッションを当てて、身体を支える。肺から声を絞り出すようにして、父が言葉を紡いだ。

「背伸びするのは、上しか見てねえってことさ。下に同じものがあったって気付きゃしねえ」
「うん」
「伏せてりゃ、下にも上にも目がいく。悪かねえのさ」
「何か見えるの?」
「まあな」

 寝室ではなく、居間に敷かれた布団。再びしんどそうに身体を横たえた父は、窓の外のタンポポを指差した。

「あの黄色いの」
「タンポポね」
「ああ。あいつぁ、長いのも短いのもある。格好いいのは茎が長いやつなんだろう。でも、俺は伏せちまってるのが好きなんだよ」
「ふうん」
「伏せても咲くってのが、わかるからな」


 冬越ししたガーベラ。植えっぱなしのものがしぶとく生き残り、三年目になります。今年は暖冬だったせいか、咲き休むことなくずっと蕾が上がり続けました。でも、茎が伸びないんですよ。わずか2、3センチの茎の上にぱきっと花を乗せて、明るく笑っています。

 切り花にするわけではありませんし。伏せていても、なんの問題もありません。


病魔すら這いつくばりぬ春の床

(2020-04-07)

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