いいおっさんの日記

 毎週土曜、日曜、月曜の3日間、始発にガタゴト揺られてバイトに向かう。今日は年末だからかいつもより人が多かった。たまに大声を出しているギャルを見かける。朝から元気なのは良いことだ。

 職場は駅からちょっと歩いたとこにあるファミリーレストランだ。客としては行ったことがなかったが、従業員割引券を貰うようになってからは立派なお客様になってしまった。

 裏口から入り、最初の仕事はレストランの電気をつけること。フロア、トイレ、キッチン、休憩室などと書かれたラベルの上からぱちぱち押していく。指先ひとつで明るくなるのが面白い。

 制服に着替えたらドリンクバーに行って、コーヒーのボタンを押す。どぼどぼ出てきたのをちびちび飲みながら、席に座ってシフト開始時間を待つ。
 あ、6時になった。残ったのをぐいっと喉に流し込む。さて、いっちょやりますか。

 図書館の朝は遅いが夜も遅い。ならば朝は勉強以外のことに時間を充てたい。しかしそんな時間帯に働けるだろうかとタウンワークを開き、発見したのが今のバイト先だ。
 朝イチで接客などしたくないので清掃業を選んだ。ほうきでゴミを取って、モップをかけて、トイレ掃除して、窓を拭いて、玄関先に水を撒く。えげつないゴミは基本客が生み出すし、そういうのは日中のバイトが取ってくれてるから、早朝に残されてるゴミはしょぼいのが多い。ぶっちゃけ楽だ。

 他の人が出勤するのは6時半。それまでは私が好き放題やれるタイムだ。歌っても良し、踊っても良し。YouTube流しながらちりとり回しても良し。
 しかし今日は6時10分に裏口のドアがキィーッと開いた。なんだなんだ、何事だ。ほうきをほっぽりだして見に行くと、恰幅のいい白コートのおっさんが立っていた。

 聞くと、今日は繁忙期なので本社からの応援、とのことらしい。
 年末にファミレスに来る人がいるのか? と思ったが、本社のおっさんが言うなら間違いないだろう。

 おっさんはチャキチャキ着替えてキッチンに立った、かと思うとレジをカチャカチャしばいたり、店の外からこちらを覗き込んだりしていた。

 そうこうしてるうちに7時が近づいてきた。お客さんが入ってくる時間だ。その前に表の掃除は済ませておく。おっさんに構っている場合ではない。
 7時からはお客さんの目に見えないところ、たとえば従業員の休憩室とか、裏口まわりとか、ゴミ捨て場などのバックヤードに回る。
 白い息をもわもわさせつつ雑草をむしり、タバコの吸い殻をつまむ。
 あ、裏庭の雑草もちょっと目立ってきたなぁ。せっかくだし抜いてしまおうか。

 鍵を取りに休憩室に向かうと、おっさんがメロンソーダを飲んでいた。ゲ謎の影響でクリームソーダが流行っているのを思い出した。

「お疲れ様です。寒いけど、水分補給はしっかりね」

 はい、ありがとうございます。映画観ました?
 後半は口に出さなかった。初対面のおっさんとPG12の話をする勇気はなかった。
 鍵を取って去ろうとしたら、おっさんが話しかけてきた。

「普段から丁寧な仕事してくれてありがとうね」

 あぁ、忙しいのに止めちゃってごめんね。ア、イエ、ありがとうございます。嬉しいです。はい。頑張ってね、うん。ありがとうございます。

 ぱたん。休憩室を出ると、キッチンから出てきたマネージャーと出くわした。

「お疲れ様です。寒いねえ」
「寒いですねえ、ほんと、お疲れ様です」
「あと1ヶ月だけど、よろしくね」
「はい、お願いします」

 鍵をちりんちりん鳴らしながら店の外に出る。ぶわっと冷たい風が頬を打ちつけた。肉まんを食べたいと思った。

 1月いっぱいでアルバイトを辞める。

 清掃バイトは地味だ。当たり前の「きれい」をつくる仕事だ。マニュアルに従っていたら1ヶ月で飽きた。
 だので、たとえば花瓶の水を変えるとか、本棚のほこりをとるとか、ロッカーの上とか、冷蔵庫の下とか、そういう、誰もやらなさそうなところを見つける一人遊びをしていた。
 あと植村花菜の「トイレの神様」が好きなので、トイレ掃除を毎日真剣にやった。

 褒められたくてやってたわけじゃないけど、褒められると嬉しいもんだ。

 あと1ヶ月。頑張ってやりきろうと思う。

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