キンプリ

王位戴冠に至るまで ~数字で見るキンプリシリーズの歩み~

(このテキストは2017年の冬コミで頒布した同人誌にゆめか(@yumeka)さんが寄稿してくれたものです。本人に確認したところ「使っていいですよ」と言っていただけたのでnoteで公開します)

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「もしプリティーリズム男子のスピンオフがあったら観たいですか?」


 2015年7月20日。渋谷のクラブHARLEMにて開催された『劇場版プリパラ み~んなあつまれ!プリズム☆ツアーズ 踊る!アイドルおうえん上映会』。そこでの参加者アンケートに、このような設問が用意されていた。実質的にキンプリシリーズの歩みはここから始まったと言える。
 この設問を見て「やるのか!?」と真に受けた者はどのくらいいたのだろうか。プリティーリズム(以下プリリズ)は三部作の最終作『プリティーリズム・レインボーライブ』をもって終了し、後継作『プリパラ』にシリーズの主役をバトンタッチ。それから一年以上を既に経過していた。
 幾多のドラマで我々を魅了してきたプリリズの続きを観られるのであれば、これほど嬉しいことはないだろう。だが願うのは勝手でも、後継が好調であるにも関わらず先代が再始動するなど素人目にも考えにくい。なによりアーケードのプリリズ筐体は全国から撤去され、連動のしようがない状態だったのだ。
 しかし諦めようとしない人達が、プリリズの場合には送り手側にも残っていた。avex picturesの西浩子氏をはじめとしたプリリズに愛を注ぐ情熱的なスタッフが、町田でイベントを行ったり、法月仁生誕祭を開いてみたり、クリスマスライブで特別映像を流したりしていたのである。

 本稿では、終わったと思われたプリリズが再び煌めきを放ちその手に未来を掴むまで、そして煌めきが広がった後について幾つかの数字と共に歩みを振り返る。
 今やヒットコンテンツの一角として数えられるキンプリシリーズだが、その道は決して順風満帆ではなかった。この先「キンプリは最初からヒットが約束されていた作品だ」と言い出す人たちが出て来るかも知れない。決してそうではなかったことを、ここでしっかりと記していきたい。

突然の制作発表「エーデルローズ入学説明会」


 導入で触れたように、主役を『プリパラ』へバトンタッチして以降も細々ではありながら切れ目を作らないようにイベントが企画されていた。その流れで告知されたのが、「エーデルローズ入学説明会」という名のOver the Rainbowファンディスク発売記念イベントである。
 参加方法は対象店舗に行ってCDを予約するだけ。ただし告知と同時に参加券の配布を始めるという、大変に行動力を試されるゲリラ仕様であった。今となっては考えられないが、当時は残存していたファン層が多くはなかったので、このようなゲリラ告知が極々当たり前に行われていたのだ。
 そうして迎えた2015年10月4日、アキバホール。ゲリラ戦を潜り抜けた猛者たちを集めた「エーデルローズ入学説明会」にて、本当に男子プリズムショースピンオフが始動する旨が告げられる。スピンオフの名は『KING OF PRISM by PrettyRhythm』(以下by PrettyRhythm)と言い、劇場作品である旨と劇場公開日、新キャラの名を含む数々の設定についても発表された。ありえないサプライズが次々に繰り出され、情報は瞬く間にSNSへも拡散される。
 その時の模様はavex picturesがyoutubeに上げている『「エーデルローズ入学説明会」キンプリサプライズ発表の模様』をご覧頂ければ一目瞭然であろう。もはや狂喜乱舞としか言いようのない状態で、それは再始動を期待してこのイベントに来ていたわけではなかったからこそだ。
 だからこの時点では先々の不安なんかより、喜びの方があまりに大きかった。少なくともここまでは。

始まる前から崖っぷちの『by PrettyRhythm』試写会&公開直前ニコ生放送


 劇場版公開18日前の12月22日。『by PrettyRhythm』発表会場と同じビルにあるアキバシアターで開催されたこの試写会には、二十五組が招待された。ここで倍率は25倍であったことが西氏より告げられる。
 一見、凄まじい倍率に思えるこの数字。しかし招待枠を見てもわかるように、そもそも当選枠がかなりの狭き門だった。にも関わらずこの程度の倍率だったということは、つまり応募総数も少なく六百通強しかなかったということだ。新宿バルト9で言えば最大収容数のシアターで1回上映して多少溢れる程度でしかない。都心ですらこれでは、劇場公開されてもすぐにスッカラカンになるのでは……という嫌な予感はここから始まった。

 更に試写会同日に行われたニコ生特番で、菱田監督の口から衝撃の状況が告げられる。ここまでの関連商品の売上実績では到底スピンオフにゴーサインが出せるほどではなかったこと。『プリズム☆ツアーズ』は元々プリリズ単独の劇場版であったものの、興行的に弱いとの理由から『プリパラ』の力を借りることとなり、つまりプリリズ単体としては商売が成立しないこと。にも関わらずゲームや玩具との連動もなく身ひとつでの勝負であり、見るからに前後編の構成に見えて後編(後の『PRIDE the HERO』)は全くの白紙状態であること。
 最初で最後かも知れない新作、大赤字覚悟。自らの進退をも賭けるプロデューサー陣。それでも白紙状態の続きを製作するには厳格で目に見える形での結果が必要だと、菱田監督は視聴者へ訴える。だが情けで数字が動くほど、世の中は甘くない。インパクト抜群だった前売券は完売に至らず、webバナー広告など僅かながらの宣伝活動も全く話題になってはいなかった。
 追い風はどこにも吹いていなかったのだ。本当に熱意しかなく、立っている場所はこの時点で崖っぷちにあった。


『by PrettyRhythm』公開後の動向


 
 キンプリシリーズプロデューサーである西氏やタツノコプロの依田氏は、インタビューでたびたび「一作目の公開二週目まではお通夜状態だった」とコメントをしている。しかし実態はお通夜よりもひどい状態であった。何故なら、お通夜なら「人は来る」のだ。『by PrettyRhythm』はそもそも客が入っていなかった。
 動員数集計サイト「興行収入を見守りたい!」によれば、公開四日目で動員数は初日比13%に急落している。13%減ったのではない。13%になったのだ。平日はそのまま持ち上げることが出来ず、週末で息を吹き返すも前週比で七割程度。平日になると再び一週目の平日と同水準またはそれ以下に数字が逆戻りという目も当てられないような悲惨な数字が並んでいた。
 週末の減衰率は一般的な動員推移そのままだが、平日の少なさは旧来のファン以外には見向きもされていないことをありありと示している。このサイトの数字は企業が公表する観客動員数と数字は一致しないものの傾向を掴むには十分であり、実際に悲惨な動員状況から元々少ない上映劇場数は二週目で九館に減少。予定の三週間上映すら持ち堪えられないのではと危ぶまれ始めた。
 そのような状況は1月19日まで続く。この日、元々低迷していた動員はデイリーの最低を記録した。

 状況が一変したのは翌日、1月20日のこと。この日突然、平日としてはここまでで最高の動員を記録した。既存のファンですら衝撃的だったその映像と内容はシリーズ未経験者に対しては極めて斬新に映ったようで、その感想がSNSで話題となり始め、遂に数字へ実を結んだのがこの日だったのだ。以後、話題が話題を呼び、三週目の週間動員数は遂に初週の動員数を超えるまでとなる。
 映画館サイドも急には動かせない上映予定をなんとか工夫し、この異常事態に対応しようとした。しかしそれでも到底受け皿が足りない。予定もしていなかった需要増に向け、スタッフ陣の奔走が始まった。

 ・1月末~2月:新たに13館で上映が開始。プリティーシリーズ通じて初の徳島県での上映が実現。公開三十七日目には初日をも抜くデイリー最高動員数を記録。
 ・2月~3月:更に33館が追加。3月9日には公開館数が述べ54館となり、長野県・山梨県・愛媛県などでプリティーシリーズ初の上映が実現。
 ・4月:上映館数述べ90館以上となる。
 ・5月~6月:この時点で上映館数は述べ100館以上に。高知県以外の都道府県を制覇。
 ・10月:イベント上映という形で高知での上映が実現。プリティーシリーズ初の全国制覇。

 二週目で一桁まで上映館数が落ちた映画とは思えぬ増加ぶりである。その一方で、飽きを感じさせない施策や告知もこの時期スタッフ陣は非常に丁寧な仕事を行っていた。プロデューサー西氏は「何もない週を作ってはいけない」と語り、当時の宣伝担当だった柴田氏も「販売・集客よりバズりや拡散を意識した」とインタビューで語っている。告知の時間帯も絶妙かつ精密に制御が行われ続けた。
 毎日のように状況が目まぐるしく変わる中で、スピード感を持ち且つ丁寧に仕事を行う。そのような企業活動と新旧ファンやスタッフの熱気、更に作品が元々兼ね備えていた魅力があり、これらが全て機能したことで逆転劇は初めて起きたのだ。興行収入としては以下のようになった。

 ・公開二ヶ月と一日:興行収入2.5億
 ・二ヶ月と七日:3億突破
 ・三ヶ月と十日:5億突破
 ・四ヶ月と十日:6億突破
 ・五ヶ月と二十一日:7億突破
 ・八ヶ月と三日:8億突破(続編『PRIDE the HERO』発表)。

 この当初誰もが全く予想出来なかった興行収入の推移は、他の劇場作品へも影響を与える。プリリズ以前から存在していた声出しOKの企画上映がこの年急増したのは明らかに『by PrettyRhythm』のヒットがあったからで、『弱虫ペダル』や『ONE PIECE FILM GOLD』『君の名は』などで行われるに留まらず、『HiGH&LOW THE MOIVE』『シン・ゴジラ』などといった実写映画でも実施された。中にはキンプリのファンが直接流入し伝道役となったケースも見られ、今や応援上映は企画のひとつとして完全に定着したと言って良いだろう。


開けた未来『PRIDE the HERO』


 avex picturesは、親会社のavexがそうであるように進退の判断は非常に厳しい。その水準を超えたことで『PRIDE the HERO』とのサブタイトルがつけられた続編は、2017年6月10日に劇場公開されることが決定した。こちらの動員推移も、前作と比較しながら辿ってみよう。

 ・封切時上映館数:56(前作比四倍以上)、日韓同時上映(韓国での前作上映は二ヶ月遅れ)
 ・公開初週末:興行収入8200万を記録
 ・公開4日:一億突破
 ・16日:二億突破
 ・26日:三億突破
 ・二ヶ月と17日:前作より二ヶ月半早く4DX上映開始
 ・二ヶ月と25日:五億突破
 ・四ヶ月と12日:六億突破

 プリリズは韓国においても熱心なファンが多く、『by PrettyRhythm』は日本から遅れて上映が始まったものの、それまでアニメとしては最長記録保持作品だった『ラブライブ! The School Idol Movie!』を上回る連続上映記録を更新している。それを受けて『PRIDE the HERO』が日本と同時に公開となったことは、大変喜ばしいニュースであったと言えよう。それでも「観るなら本場日本で」という熱心極まるファンは、母国でなくわざわざ来日していたようだ。

 推移としては五億までは前作を大きく上回るペースでありながら、その後は前作と比べ勢いがやや落ちた特徴がある。六億時点では前作の方が僅かに早く、恐らく最終興行収入も前作の方が上回るだろう。これは今作が『プリティーリズム・レインボーライブ』から続くOver the Rainbowの話に決着をつけるためストーリードリブン的な面が強くなったこと、またプリズムショーの演出密度が前作から格段に増し応援上映については難易度が上昇してしまったことが影響していると考えられる。
 とは言え前半の立ち上がりの早さは、それだけファンのユニーク数が増えたことを示している。そのファン数の増加を受けて開催されたのが、十月二十一日の初単独ライブ『KING OF PRISM SUPER LIVE MUSIC READY SPARKING!』で、幕張メッセの本会場では昼夜合わせて一万三千人、更に夜の部のみライブビューイング中継が行われこちらで七千人、計二万人を動員した。この規模は現在もシリーズが続く『プリパラ』よりも大きく、プリティーシリーズとしては二本立てのまま走ることになった…というのが今の状態だ。avex picturesやタツノコプロなどの製作サイドが多忙な日々を送っていることは容易に想像される。

 今一度繰り返すが、キンプリシリーズは決して最初からヒットが確実視されていたタイトルではない。作中で速水ヒロは見離され拠りどころを失い、どん底から立ち上がり王位戴冠に辿りついた。経緯は違うものの、キンプリシリーズも「足を滑らせたら即死、滑らせなくても瀕死」と言えるほど危険な状態を綱渡りしながら全速力で駆け抜け、今日に至っている。
 今となってはそのような苦難は過去であるかも知れないが、本当に危ない状況を知っているからこそ、未来へ繋ぐ努力の意味を知っている強みが他所以上にある。その心を忘れない限り、プリズムの煌きはこれからもきっと輝き続けることだろう。
 そう、いつだって「煌めきはあなたのそばに」なのである。

プリズムの煌めきを広めるためによろしくお願いします。