宇宙エレベーター

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三才ムック「SF科学のお値段」(2009年)に掲載した「宇宙エレベーター」の記事です。当時放送中だった「機動戦士ガンダムOO(ダブルオー)」に登場した宇宙エレベーター(軌道リング)から宇宙エレベーター全般についての初心者向け解説です。なお、当時は「軌道エレベーター」と表記していましたが、「宇宙エレベーター」に統一しました。

上記画像はNASAの考える宇宙エレベーターの想像図 (c)NASA

莫大な費用と特別な訓練が必要な宇宙旅行。だが、将来、気軽に宇宙に行けるようになるかも知れない。そんな夢を実現する構想が「宇宙エレベーター」だ。宇宙と地上をケーブルで繋ぐというアイディアは、多くの人々を魅了し一歩ずつ実現に向かっている。

「ガンダムOO」の宇宙エレベーターとリング
 『機動戦士ガンダムOO(ダブルオー)』に登場する3本の宇宙エレベーターは、地球を周回する環(オービタルリング)によって接続されている。高軌道リング、低軌道リングと呼ばれる2本のリングには、太陽光発電システムが配置されており、そこから生み出されるエネルギーを独占することで、大国が世界を支配しているという図式だ。つまり宇宙エレベーターは、宇宙への輸送手段でり、送電システムであり、力の象徴でもある。宇宙エレベーターを所有する大国がエネルギーを独占し、大国の意志に従わなければひとつの国が滅ぼされる可能性もある。第一シーズンでは、主人公の生まれた国が大国の思惑に翻弄され、戦渦に巻き込まれるストーリーが展開する。なお、この作品はガンダムシリーズとして初めて25話ずつ、2期に分けて放送された。第一シーズンでは世界情勢の背景としてあまり描かれなかった宇宙エレベーターとオービタルリングだが、第二シーズンでは舞台として度々登場するようになった。
 『機動戦士ガンダムOO』以外にも、宇宙エレベーターを扱った小説や漫画、アニメは数多い。宇宙エレベーターの扱われ方はさまざまだが、共通性もある。現在使われているような化学燃料推進型のロケットが、ほとんど登場しないということだ。つまり、宇宙エレベーターが完成すれば、非常に効率の悪いロケットは「過去の遺物」になってしまうということなのだ。

リング内を流れる物質が生む遠心力と張力でバランスを取るORS

なぜ宇宙エレベーターが必要なのか?~ロケットの限界
 ロケットの効率が悪いとは、ということだろうか。ロケットに限らず、地上から宇宙に出るためには、毎秒11.2キロメートルの速度が必要となる。この速度を「脱出速度」あるいは「第二宇宙速度」と言う。脱出速度に達するため、ロケットは膨大な量の推進剤を燃焼させなければならない。一般的なロケットの場合、全質量の94%程が燃料の重さなのだ。したがって、どんなに大きなロケットであっても、(ロケット全体に比べて)わずかな重さしか運べないことになる。ロケットが運べる量を搭載量(ペイロード)と呼ぶ。たとえば日本のH-IIBは総重量531トンに対し、ペイロードは1.65トン~1.9トン。一回の打ち上げ費用は110億~147億円だから、単純計算で1キログラムあたり580万から890万も掛かることになる。こうした現状が「ロケットは効率が悪い」理由なのだ。
 そうした状況は海外も同じで、一般に1キログラムあたり8万~16万ドルの費用が掛かる。1回限りで使い捨てられるロケットと違い、何度も繰り返し使えるスペースシャトルならばもっとコストが低いかといえばそうでもなく、1キログラムの物体を宇宙に運ぶためには、2万~4万ドル以上の経費が掛かると言われている。ただし、これは1回の打ち上げに掛かる費用から算出したコストで、シャトルの建造費や維持・メンテナンス費用は計算に入っていない。スペースシャトルの場合、打ち上げ費用よりもむしろメンテナンス費用が大きい。本来、ロケットに代わり宇宙への安価な輸送手段として考えられたスペースシャトルだが、結果的にロケットの方が安上がりという結果になっている。コスト面のみを考えれば、スペースシャトルは失敗だったという意見も多い。事実として、NASAはスペースシャトル計画を捨て、新規のロケットを開発中だ。また日本でも、HOPEと名付けられた宇宙往還機開発計画があったが、研究段階で終了している。
 さらに近年ではロケットが燃焼し排出する化学燃料が、地球環境に悪影響を及ぼすという指摘もある。二酸化炭素など温暖化ガスを増やすだけでなく、オゾン層を破壊したり大気中に拡散した有毒物質が家畜や作物に取り込まれ、最終的に人間の体内に蓄積するのではないかと危惧する団体もある。また、ロケットの打ち上げに失敗すれば、濃度が高く人体に悪影響がある物質が、身近に落ちてくるという危険性もゼロではない。
 人類が宇宙に出るため、現時点ではロケットに頼るしかない。だが、これから先も人類が発展するためには、宇宙への進出・宇宙開発が必須だ。したがって、ロケットに代わる宇宙へ進出するための方法、しかも安全で費用も掛からない方法を早急に見つけ出さなければならないのだ。そして、ロケットに代わる方法の第一候補が「宇宙エレベーター」なのだ。

 「宇宙エレベーター」(あるいは「軌道エレベーター」)は、宇宙と地表をテザーと呼ばれる長いケーブルで繋ぎ、テザーを伝って人や物を行き来させるというアイディアで、1895年にソビエト連邦の科学者ツィオルコフスキーが、自著の中でその着想を述べている。ただし、それは赤道上から高い塔を伸ばして行くとある時点で重力と遠心力とが釣り合うというアイディアで、ツィオルコフスキーがパリで見たエッフェル塔から発想したと言われている。現在と同様、静止軌道から上下にケーブルを伸ばして行く形のエレベーターを考え出したのは、同じ旧ソ連の科学者ユーリ・アルツターノフで、彼は「宇宙エレベーターの父」とも呼ばれている。

 宇宙エレベーターのアイディアが提示されてから、科学者の中で実現の可能性について議論されてきた。宇宙エレベーターのアイディアが一般に広く知られるようになったのは、宇宙エレベーターの建造を克明に描写したアーサー・C・クラークの小説「楽園の泉」(1979年)が発表されてからだ。その後、SF小説や漫画、アニメにも数多く登場するようになった。
 SF作品の小道具・背景として登場するようになった宇宙エレベーターだが、科学者やエンジニアの間では、構造上高い強度を持つ素材が必要であるため、長い間思考実験やアイディアレベルの議論でしかなかった。それが現実味を帯びてきたのは、1990年代に「カーボンナノチューブ」が発見されてからだ。カーボンナノチューブも研究段階だが、夢物語であった宇宙エレベーターに、わずかながらでも実現の光が当てられたことは確かだ。

どのようにして地表と宇宙をケーブルで結ぶのか
 宇宙エレベーターはどのような仕組みで地上と宇宙を繋ぐのか。静止軌道上にある人工衛星を考えてみて欲しい。人工衛星は、地上から見ると静止しているように見える。この人工衛星から、片方は地上にもう片方は反対側(つまり宇宙)にバランスを取りながらケーブルを伸ばして行く。やがて、ケーブルの一方が地上に接触するが、人工衛星は静止した状態のままになる。これが、宇宙エレベーターの基本的な考え方だ。

静止軌道からバランスを取りながら上下にケーブルを伸ばすと…

 この考えを元にして考案された宇宙エレベーターは、地表からおよそ3万5800キロメートル上空の静止軌道上のステーションと地上に伸びたケーブルを固定する地上ステーション、そして地上に伸びたケーブルとバランスを取るためのカウンターウェイトという構成になる。ケーブルやカウンターウェイトの質量にもよるが、宇宙エレベーターの全長は5万~10万キロメートルになると考えられている。

 宇宙エレベーターでは、人や物を乗せて運ぶエレベーター(の箱)に相当する部分が、テザーに沿って地上と宇宙を行き来する。この箱はさまざまな名前で呼ばれるが、ここではクルーザーという名称を使おう。クルーザーが地上から宇宙へ昇る際には、たとえばリニアカタパルトのような電磁気的な動力装置を利用する。そのため、昇りには大量の電力が必要となるが、重力によって降下する際のブレーキ時に発電すればトータルのコストは抑えられる。ある試算によれば、1キログラムの物を宇宙に運ぶのに、宇宙エレベーターなら220ドルしか掛からないといわれる。

地上のエレベーターと宇宙エレベーターの相違

(C)NASA
NASAの考えるクルーザー。エレベーターというよりもシャトルに近い。

宇宙エレベーター実現までのハードルとは何か
 現在、宇宙エレベーターが実現していない最も大きな理由は、テザーを作るための十分な強度を持った材料がないということだ。地表から静止軌道までを考えても3万5800キロメートルの長さが必要で、そこに重力や地球の自転による遠心力が加わることになる。したがって、テザーには「密度が低くて引っ張り強さが高い」材料、つまり「軽くて強い」材料が必要となる。地表部分を細くし全体をテーパー形状にすることで、必要となる引っ張り強さをある程度小さくすることはできるが、残念ながら金属をはじめ既存の素材では、自分自身の重さに耐えきれず、途中で切れてしまうのだ。
 現時点で宇宙エレベーターの材料として最も有力視されているのは、カーボンナノチューブ(CNT)だ。CNTは、炭素分子が組み合わさった炭素の同素体で、単層あるいは多層の管状構造を持つ物質だ。アルミニウムよりも軽く引っ張り強度はダイヤモンドを超えると言われるCNTの研究が進めば、宇宙エレベーターのテザーに利用できるのではないかと期待されている。ただし、CNTは実験室レベルの素材であり大量生産されていないうえ、まだ宇宙エレベーター建造に必要とされる引っ張り強さを持ったCNTはまだ作られていない。また、CNTが石綿(アスベスト)と同様に人体に悪影響を及ぼす可能性があるという指摘もある。
 そのほかにも、建設場所の選定や政治的な駆け引き、スペースデブリの回避問題、安全性など、宇宙エレベーターの実現までには超えなければならないハードルは少なくない。

NASAが考える宇宙エレベーター実現までの課題
1.高い引張応力を持つ素材の開発
2.宇宙空間でテザーを展開し制御する技術の開発
3.地上側施設のための軽量な建材の導入
4.大量輸送システムの開発
5.建造するためのシステム構築

宇宙エレベーターから生まれたアイディアたち
 現時点ではアイディア段階の宇宙エレベーターだが、そのアイディアから生まれたさまざまな派生アイディアが存在する。
 宇宙エレベーターの派生アイディアとして第一に挙げられるのが「スカイフック」。「テザー衛星」とも呼ばれるアイディアだ。古い文献では、宇宙エレベーターをスカイフックと呼称しているものもある。『∀ガンダム』には、「ザックトレーガー」と呼ばれるスカイフックが登場する。地上に固定される宇宙エレベーターと異なり、スカイフックは地上には固定されない。重心を中心に上下に回転し、地球軌道を周回する長い棒を想像して欲しい。棒の長さは、地球直径の3分の1(あるいは3分の2)。棒の端が地表に近くなる時、地球の自転との相対速度が小さくなるよう棒の回転を調整しておけば、簡単に人や物、宇宙船が棒の先端に乗り移ることができる。宇宙船は回転する棒にくっついたまま、宇宙空間に出たところで離脱する。宇宙エレベーターよりも小さいためコストも安い。そのうえ、ロケットを打ち上げるよりも効率良く宇宙へ出ることが可能になる。その反面、大気に突入する際の熱や衝撃をどう処理するのかといった問題も少なくない。

 そうした問題をクリアするため、大気の濃い層には突入しないスカイフックのアイディアも考えられている。地表に近い位置まで降りてくるスカイフックを「非同期軌道スカイフック」と言い、地表から離れた位置を周回するスカイフックを「極超音速スカイフック」と呼ぶ。極超音速スカイフックは、高度100キロメートル付近を地表に対してマッハ10~15という超音速で周回する。スカイフック自身は回転せず、中心部分は静止衛星軌道上に配置される。つまり、上下に短い宇宙エレベーターだ。非同期軌道スカイフックに比べて高い位置を高速で移動するために、地表からスカイフックまでの移動方法は限られるが、前述のような大気との摩擦問題や重力による影響が少ないため、カーボンナノチューブのような新素材ではなく、既存のケプラー繊維でも構築が可能と言われている。

 また前述のように、『機動戦士ガンダムOO』に登場する軌道リング自体が、派生アイディアのひとつである軌道リングシステム(ORS)と思われる。ORSは地球を一周するリングの中に流体を流し、その張力でリング全体を安定させるアイディアで、静止軌道よりも内側の軌道に建造できるほか、地球を周回できれば赤道にこだわる必要もなくなる。
 さらに地球を周回させるのではなく、張力を構造物の維持に利用することで地上と宇宙を結ぶPORSというアイディアもある。放物線上に配置したチューブの内部に流体を流すと、チューブは何の支えもなしに空中に浮くという。このアイディアを使うと「トップをねらえ!」に登場した「宇宙ロープウェイ」も実現可能となる。
 さらにもう一歩アイディアを推し進め、地上のサイクロトロンで加速された粒子によって構造物を支える「スペース・ファウンテン」というアイディアもある。噴水がピンポン球を空中に浮かせるイメージから、ファウンテン(噴水)という名前が付けられた。スペース・ファウンテンの本体は、チューブ状のリングを上下に伸ばした形になっている。地上でサイクロトロンによって加速された粒子が、チューブの中を宇宙空間に向けて昇っていくうちに減速していく。頂上に達し磁石によって流れの方向を180度変えられる時に揚力が生まれる。そして、地上まで降りた粒子は再度加速され上に向かって押し出される。このサイクルを繰り返すことで、チューブはその張力により自立する。あとはチューブに沿ってエレベーターを昇降させればいい。スペース・ファウンテンは、1本でも役割を果たすが、安全性を考えれば3本あるいは6本のスペース・ファウンテンがそれぞれ支え合うような形に配置することが望ましい。何らかのトラブルで1本が脱落しても、残りのスペース・ファウンテンで支えることができるからだ。スペース・ファウンテンもORS同様、地球上のどの地点でも建造できるうえに、地上から段階的に高度を高くするように建造することが可能だ。宇宙エレベーターとしてではなく、巨大建造物を支える方法としても応用できる。

パイプの中をサイクロトロンで加速された粒子が流れることによって自立するスペース・ファウンテン。

 宇宙エレベーターは、最初の構想から100年以上が経過しているため、実現可能かどうかの議論だけでなく、さまざまな派生アイディアや応用も考えられてきた。それが宇宙エレベーターの特徴のひとつでもあり、人々が宇宙エレベーターに掛ける期待の大きさを表している証でもある。

宇宙エレベーターの完成時期と費用は?
 巨大建造物である宇宙エレベーターは、国家規模あるいは国際協力の下に行われる巨大プロジェクトとなるだろう。
 宇宙エレベーターの材料として有力視されているCNTも、現在はまだ実験室レベルの物質であり、実用化や量産化はまだ未来の話だ。CNTの研究が順調に進み必要とされる強度を持った素材が開発され、さらに政治的な諸問題が(完全ではなくとも)解決すれば、宇宙エレベーターは2030~2035年ごろに完成するのではないかと見られている。CNT素材が充分安価に入手出来るようになれば、100億ドル(約1兆円)程度で建設できるという見積もりもあるが、これまでに挙げた課題を考えればやや楽観的な数字に思える。

 現時点でのアメリカの宇宙開発予算を考えれば、総額100億ドル程度の拠出はなんとかなるかもしれない。しかし、たとえ100億ドルで収まったとしても、政治的理由から1国の独占事業にはならず、ISSのように数カ国が参加する国際事業となるはずだ。当然、費用を出せず参加できない国からの反対もあるだろう。逆に考えれば、各国の連携さえうまくいけば、宇宙エレベーターの建造は難しくない。人類が簡単に宇宙に行ける日が来るのも、それほど遠くないかもしれない。

<建設コスト>
10億ドル×10年=100億ドル(土地費用含まず)

<旅行に掛かる費用>
1キログラムあたりの輸送費用 200ドルと仮定
成人男性80キログラムとすると
80×200=1万6千ドル
荷物5キログラム
5×200=1000ドル

16,000+1000=1万7千ドル

#参考文献
・「宇宙エレベーター 宇宙へ架ける橋」石原藤夫・金子隆一 早川書房
・「宇宙旅行はエレベーターで」ブラッドリー・C・エドワーズ、フィリップ・レーガン ランダムハウス
・「SFはどこまで実現するか」ロバート・L・フォワード、講談社

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