岐路に立たされるタイの漁業及び水産加工業

タイが2019年の早い時期にILO(International Labour Organization、国際労働機関)の漁業労働条約(C188 - Work in Fishing Convention, 2007)に加盟する見通しとなった。同条約は、漁業者の健康状態の検査や住居の保障等の労働安全衛生面の待遇や、労働契約の書面化、16歳未満者の就労禁止等を通じて、主に24メートル以上の船舶上での漁業従事者の労働条件を改善するためのもので、2007年6月に採択され、2017年11月に発効した。

タイがこの条約への加盟を決めたのは、同国の漁業及びツナ缶製造等を始めとする水産加工業の労働条件が劣悪で、事実上の奴隷労働だと非難するEUからの圧力に対応するためである。

EUが特に問題視しているのは、これらの産業に従事しているミャンマー人及びカンボジア人を中心とする外国人労働者の扱いである。両産業に従事する外国人労働者(非タイ人)は全体の約9割を占め、約12万人いると言われている。両産業における労働力は、現状4~5万人不足していると見積もられており、不法労働者の取り締まりを強化されるとの噂が流れると、逮捕を恐れて帰国する外国人労働者が急増し、建設現場や水産加工業を中心とした3K現場の労働力が不足して作業がストップしてしまう為、政府が逮捕の噂を否定したり臨時の滞在許可証を発行せざるを得ない状況にある。

一方でEUは、タイにおける不当な労働契約や社会保障の未整備等に加えて、強制労働や人身売買等の人権侵害が横行しているとして深刻な人権侵害と認識しており、2015年4月には、IUU(違法、無報告、無規制)漁業国を意味するイエロー・フラグを立て、2016年以降もILOを通じた監視・警告活動を予算化して継続的に行い、改善されなければタイからの水産品輸入を禁止すると警告してきた。

国連食糧農業機関(FAO)の統計によるとタイは2017年時点で、中国、ノルウェー、ベトナムに次ぐ世界第4位の水産品輸出国である。うち約1割がEU向けであり、EUが禁輸措置をとれば、その影響は小さくない。そこで今のタイミングで漁業労働条約に加盟し禁輸措置回避を狙ったのである。

漁業労働条約加盟に向けたタイ政府による改善姿勢とアピールは奏功し、EUによるIUU漁業国としての指定は、今年1月8日に解除されている。

しかし、同条約への加盟はタイの漁業及び水産加工業にとって大きな負担となることは避けられない為、経営者側であるタイ人からは強い反対運動が起きている。

そもそもタイの漁業者に外国人労働者が多いのは、1989年にタイ湾を襲った台風により、約200隻の漁船が転覆し、約500人の漁業者が犠牲になったことで、タイ人が漁業に従事するのを敬遠するようになり、代わりに外国人労働者が雇われるようになったのが発端とされる。

また、水産加工業は、機械化が進んでも作業の多くが人手頼みで、低賃金でも雇うことが可能な外国人労働者が多く雇用されてきた。さらに、近年の経済成長により3K労働が忌避され少子高齢化に伴う人手不足や賃金上昇もこの状況に拍車をかけている。

タイ国産原料は1割程度で原料の大半を輸入に頼るツナ缶などの水産加工業は、安価な労働力を求めた結果、タイ東部沿岸部のカンボジア国境やタイ南部の12県(プーケット、サムットサコン、サムトプラカーン、チョンブリー、ラヨーン、スラタニ、ソンクラー、クラビー、サムットソンクラーム、トラード、パッタニー、トラン)に加工工場の立地が集中している。

低賃金労働者こそが競争力の源泉として来たの立地戦略の結果であり、漁業労働条約(C188)への加盟と労働条件改善に伴うコスト上昇は、タイの漁業並びに水産品加工業の更なる国際競争力低下を招くことになる。

タイは2011年まで国別水産物輸出高ランキングで世界第3位であったが、2012年の80億ドル超をピークに、以降ベトナムに抜かれ、2017年は58億ドルにまで落ち込むなど、年々縮小する一方である。

そう考えると、これまでタイの漁業及び水産加工業を支えてきた低コストの外国人労働者頼りの経営は以前より長期低落傾向にあり、EUからの批判とは関係なく従来型の漁業及び水産加工業は臨界点を迎えていたと言える。

一方、タイの大手水産品加工企業は、海外進出に活路を見出して来た。タイ・ユニオン・フローズン・プロダクツ(TUF)は2014年にノルウェーの同業キング・オスカー・ホールディングを買収し、世界一のツナ缶事業者にまで成長している。新市場開拓にも積極的で、従来からの欧米市場だけでなく、ハラール認証を取得してASEAN諸国や中東やアフリカのムスリム市場向け輸出を年率7%増の勢いで増やしている。

漁業労働条約加盟により岐路に立たされ、全体としては衰退傾向に拍車のかかるタイの漁業及び水産加工業ではあるが、単なる国別の統計数値だけでなく、多国籍企業化した企業グループの動きも観察して初めて、質的な変化を含む最新動向が見えてくると言える。

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