【タイ】軍政による強権発動の立法化でEUの勧告受入れへ

今年の4月30日、タイのウィサヌ副首相が暫定憲法第44条に基づき軍政が発動した強権措置を停止する一方で一部を立法化する方針であることを明らかにした。今年3月24日の総選挙結果に基づき民政移管を実現するには、同条に基づく強権発動措置は取り消しておく必要があるからである。

暫定憲法は、2014年5月のクーデター後、軍政自身が制定したものである。同憲法第44条の趣旨は、国の安全保障を脅かす恐れがあると軍政が判断した場合、議会等の同意を得ずに、行政、立法、司法に関わるどんな命令でも下すことが可能というものである。4年半で軍政は同条に基づく00件超の強権発動を実施してきた。

その多くは命令が実行されたことですでに失効しているものもあるが、うち62の措置が引き続き必要であり、効力維持の為の立法化が必要であると判断されたものと考えられる。

立法化の対象とされたものの中でも注目されるのは、EUがタイからの水産品輸入を規制しようとしたことを巡り、軍政が強権を使って対応策をとったことである。自然環境の保護や持続可能な天然資源の利用、また人権を重視するEUは、乱獲、密漁、過重労働等のIUU漁業(注)を世界からなくすことを目的に、2010年にIUU漁業が行われている国からの水産品輸入を禁止できる規制を導入した。

注:IUUとはIllegal(違法)、Unreported(未報告)、Unregulated(未規制)の頭文字。

その動きの中で、タイについては、漁業従事者への人権侵害や水産品のトレーサビリティーの不備等を指摘し、是正を勧告していた。タイは世界有数の水産品輸出国であるが、安価な労働力に頼る当事者主体のままでは事態は一向に改善して来なかった。

そこで軍政は、国内全ての関係機関が協力して問題解決に取り組むよう命じ、また「違法漁業対策司令センター」を設置する等の強権措置をとった。その結果、漁業従事者の労働改善や違法漁業の取り締まり等の取り組みがEUに評価され、今年1月に是正勧告を解除したのである。上述、第44条の失効後、事態が再び逆戻りして、EUの禁輸対象にならないよう立法化を推進していると考えられる。EUはこれまでクーデターで前政権を倒し、全権を掌握、強権を発動してきたタイの軍政を非民主的だと批判してきた。しかし、その軍政が発動した強権が、EUが重視するIUU漁業の改善が実現したのだとすれば皮肉なものである。

なお、2017年のタイの水産品輸出額は約60億ドル、その約1割がEU向けと言われる。そのため、EUが禁輸すれば、タイの水産業は大きな打撃を被ることになる。

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