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【タイの故郷を訪ねて】スコータイ訪問記(3)

向かった先の西の山にあったのは、既に廃墟となった丘の上の寺院でした。

今も残っているのは、スレート状の石で舗装された参道と、坂の左側に見える小さなお堂(チェディ)。そして、遠くに見える立身仏です。

立身仏は近づくとこんな感じです。頭部は修復されたものとのことでした。残っている石柱に穴があいているのは木の梁が通っていた部分だそうです。石造部分以外は全て朽ちてしまったわけですね。あと、立身仏の手の形が何かを諭しているように見えますが、これは「迷信に惑わされるな」という意味なんだそうです。

ガイドさんによれば、丘の上から城壁に囲まれた旧市街が一望できるということなのですが、ちょっと見ただけでは、よく分かりません。

ただ、目を凝らして参道の先をよく見ると、なんか塔のようなものが見える気もします。カメラを最大望遠にしてなんとか撮ってみました。

グーグルアースで確かめると、確かに山の上の寺院跡から伸びる参道は、ちょうど東の方を向いており、約2km先に城壁に囲まれたスコータイの旧市街があるのが分かります。ここで朝を迎えると、旧市街越しに旭日が昇っていくのが拝めますね。いつか体験してみたいものです。

修行僧は、ここで座禅を組み、悟りを目指して瞑想していたのでしょう。想像するだけも、心が洗われそうな気がします。

スコータイ王朝時代、当地に伝わった仏教は「テーラワーダ」と呼ばれれる上座部仏教で、僧の生き方に応じて2つのグループの分かれたそうです。

1つは「Kamawasi(คามวาสี)」と呼ばれる街中の僧院に住む僧たちで、寺院を造営し、三蔵を学び、人々にダルマ(法、仏陀の教え)を説く僧です。世俗にいる人が普段接する僧はこちらのグループになるでしょう。そして、もう1つが「Aranyawasi(อรัญวาสี)」と呼ばれる静かな森の中で瞑想をする「森の僧」です。

ここは、自らが悟りを啓く「森の僧」たちが瞑想の場として選んだ場所だったのでしょう。

ラムカムヘーン大王の碑文には、森の中に寺院を造営し、徳を積むため王自ら象に乗ってここを訪れたと記されているそうです。それがまさにここ。

それにしても、麓から望む山々の姿は美しい。眺めるだけが穢れが落ちていく感じがします。

(4)に続く