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逸材

実験的文章❗️(←いいね)

なにかがヘンでも、それらを自立した大きな塊と捉えて、それなりの(人なりの)(あなたなりの)ロマンを勝手に見出すなどして、そのハートに、落とし込んでほしいのです。

(さて)
人。

 人(わたし)はどこまでも自分にしかなれない、やはり所詮人間なのです。僕は人、生き物に平等になれません。
自分のことだって、なんにも知らないし。他人は自分になれないし、自分も他人になれない。当たり前
1人の人間の中(特に脳みその中)にある情報や、可視化も言語化もできないいろんなデータの大きさが決まっているとしても、他人でも自分でも同じように、1%くらいしか、知らないと思うのだよ。
でもやっぱり、人の中身に限りがあるとは思えないから、僕たちなんにも知らないのと同じかもしれない。
人の知らないこと、それってつまり、可能性だから、ただの想像にすぎない。あるかもって想像してるだけ。
でもその、あるかも。が時に、実在したってことになることもあるから、わりとなんでもできてしまうのかも!
(↑余談)

その人が好き、すなわち、その人の中に落とし込まれた自分を想像するのが好き。ということだったりしちゃったりしたりするかも。
そしてその人には、自分に落とし込まれたその人のことも、知ってほしいって思う。無理だけど。

そんな人を逸材と呼び、自分もまた逸材にとっての逸材でありたいということ。

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