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鹿・鹿・鹿!

西日本豪雨の影響で、7月中旬に予定していた「しまなみ海道」制覇の夢は、あえなく散ってしまった。被災された方に心よりお見舞い申し上げるとともに、いつか再びチャレンジしようと、固く心に誓った次第である。
かくして、旅行の予定がすっかり白紙になった私たちであったが、気を取り直し、目的地を奈良に変更することにした。

主な理由は「鹿に会いたい」という、ただそれだけである。

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奈良に行くのは、夫も私も中学校の修学旅行以来のことだ。お隣の京都には何度も行っているのに、そこから電車でわずか45分の距離にある奈良には、どういうわけか約20年間、一度も足を伸ばなかった。

…奈良って、ゆうても鹿と大仏だけだしな(偏見)

20代の頃はそんな風に思っていたが、よくよく考えてみれば鹿と大仏、それ意外に何が必要だというのか。市街地に世界遺産があり、その周りを国の天然記念物が闊歩しているのだ。1度ならず、2度3度と見る価値があるではないか。

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さて、初日の朝。私たちはJR奈良駅から奈良公園に向かって歩いていた。

夏の奈良が暑いという話は、噂に聞いていたが、まさかここまでだったとは…。まだ8時前だというのに、体中から汗が吹き出し、すでにサングラス無しでは歩けないほど眩しい。

「暑い!!」と文句を言う私の隣で、夫が「イックション!」とひとつ盛大なくしゃみをした。すかさず私は、「ハローさん(SUN)」とこたえる。

余談だが、光の刺激が誘因となって反射的にくしゃみが起こる「光くしゃみ反射」という症状は、日本人の約25%にみられる生理現象の一種だそうだ。ホテルを出た直後に夫がくしゃみをしたということは、かなり光量が強いということだろう。

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奈良公園の敷地は、すでに沢山の鹿で溢れていた。

ここには、2種類の人間しかいない。
鹿せんべいを持っている人間と、そうでない人間だ。無論、鹿に愛されるのは、せんべいを持つものだけである。

私の心は、ぐらぐらと揺れた。

せんべいを買うべきか、否か。

買うべきか、否か。

「あなた、持ってますか?」

そうして、持っていないとバレたときの、この目よ…。たまらない。

が、しかしである。

私は、その、鹿せんべいをむしゃむしゃする鹿を見たいわけではないのだ。もちろん彼らもかわいいが、もっと野生っぽいというか、どちらかというと「鹿せんべいなんて」と鼻で笑っているような。

常に気高く、人と一線を画し、やすやすと下界になど降りてこないような鹿に会いたい。彼らはどこにいるのだろう?

手元にあるガイドブックには、次のように書いてあった。

若草山
標高342m。なだらかな丘を3つ重ねたような形をしている。山全体が芝生に覆われ、奈良盆地の眺望がすばらしい。山頂に史跡の鶯塚古墳がある。(中略)山頂までの往復時間1時間。
ー楽楽 奈良大和路より

そうして、紹介文の隣に、緑の大地に佇む鹿の写真が1枚掲載されていた。

ここだ。気高き鹿がいるとしたら、ここに違いない。入山は朝の9時から、一人150円で登れるという。150円といえば、10枚一束の鹿せんべいと同じ値段ではないか。私はこのお金で、野性味溢れる鹿に会いにいくと決めた。

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登山口に向かう途中、数頭の鹿に遭遇した。いずれも、単独行動で媚びない感じがする。

山の入口付近、いよいよである。
もはや近くの鹿より、遠くの鹿。ちょっとくらい人を警戒してくれるほうが、なんだか愛おしく見えてしまう。

入山。石段が空へと続いている。
周りには、私たち夫婦の他に誰もいない。

鹿もいない…。

目を皿のようにして、やっと見つけたが…
遠いよ!!遠すぎて、カメラの望遠レンズなしではほぼ見えない。

汗をボタボタ垂らしながら歩き続けると、ぽっかりとひらけた場所に出た。若草山の一層目である。

足元には、鹿のフンがあちこちにコロコロ転がっている。しかも、まだ乾ききっていない新しいフンだ。昨晩か早朝か、この場所には確かに、気高き鹿たちがいたのだ。

その事実だけで、もう十分である(暑すぎて死ぬ…)。

山の二層目と三層目を諦め、すごすごと引き返した私たち夫婦を、鹿は見捨てなかった。山腹に、鹿の親子が静かに腰をおろし、じっとこちらを見つめている。

警戒させないように、夫が距離をとりつつ、何度かシャッターを切る。
そりゃそうだ、この暑さじゃ、鹿だって木陰にいたいよなぁ。

山を降りると、川のほとりで牝鹿たちが水浴びをしていた。

涼み方も、生き方も、みんな違ってみんないい。

キンキンに冷えた茶屋で、冷やしわらび餅をガツガツと食べながら、そんなことを思った。

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●若草山
http://www.pref.nara.jp/6553.htm

近鉄奈良駅から奈良交通バス春日大社本殿行きで8分、終点下車徒歩7分
入山:150円/9時〜17時(冬季は閉山)

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水鳥るみプロフィール
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