自分とSNSに負けそう

自分に負けそう。自分のもっとできるだろという期待に。なんで何もやんないんだという自分の自分に向ってる誹謗中傷に。負けてる。

睡眠が強制シャットダウンみたいな意味を持ち始めているこの頃。眠くないのに逃げて布団に入る。

せめて何かの達成感を感じながら眠りたい。寝る前に何かを達成したい。何を達成すればいいのだ。

金曜の深夜3時にみんなは何をしているのだろうか、知りたい。リアルな姿を知りたい。だからといってBeRealはやりたくないし、不便な逆張り。

今ドラえもんに一番出して欲しいひみつ道具は板に穴をあけると人の部屋を覗き見できるやつ。道具の名前を忘れちゃった。

今この時間に夢に向かって努力してる奴がいるはずなのだ。深夜型の米津玄師が後に何億円も稼ぐ一曲を作っているかもしれないのだ。なのに俺はどうだ。こたつの電気代だけ無駄にして何の生産もしていない。

とりあえず最近考えたことをnoteに書き出しとかないと、惨めな寝姿になるだけだ。せめて全ての動作を終えてからシャットダウンしたい。

インスタを交換するのが苦手だ。そもそも自分のインスタであげた情報を伝えたい人と、そのインスタが表示される人が乖離してしまう。親しい友達にすればいいのだが、一方的に親しい友達に私この人にとって親しい友達だと思われるのが辛い。親しい友達に登録した人が一緒に僕の知り合いといて、その時にその知り合いが僕の親しい友達に入っていないことに気づいたらどうしよう。後日数人で話しているときに、自分のインスタにこんなのあがってたねみたいな話になって、その時に親しい友達に登録していない人がいたらどうしよう。だからと言って、その人に別に見せる必要もないから親しい友達にも入れなくていい。だから僕はストーリーをあげる度、毎回親しい友達リストを編集し、見せる人を毎回変えている、この投稿は一部だけでいい、この投稿はこの友達に見せよう。

何のためのSNSなのか。俺はこのインスタに人生の何を変えてもらおうとしているのだろう。わからないまま使い続けている。技術を享受して実際に使い方はわからない、現代文に出てくる馬鹿な現代人みたいですね。現代文は現代人を馬鹿にしすぎている。現代人は書いてある人間よりよっぽどマシだ。現代文こそが一番現代が見えていないんじゃないか。

サブ垢を作ってみた。逆にフォローしている人が公開されてしまって、何の意味もなかった。非公開アカウントをやめてみればいいんじゃないかと思った。強制的に俺のどうでもいい情報を見せて、どうでもいいなと思われるのが嫌なのであって、公開アカウントにして、フォローしてなくてもみたい人は見れるようにすればいいのかと。本垢を非公開にして、サブ垢を公開するという逆の発想。いざ公開してみると、全く知らない人が見てくる。何の人だろうとその人のプロフィールを見ると、大学で知り合った人の地元の高校出身の人だった。それはダメだろう。俺がくだらない投稿をすることで、その大学で知り合った人の株まで落ちてしまうじゃないか。こいつ東京に出てこんなくだらないやつと付き合い続けてんのかと思われてしまうじゃないか。その地元に行った時に初対面のはずが、あ、このインスタのアカウント見たことある、くだらない投稿してた奴だと思われてしまうじゃないか。

くだらない投稿をやめればいいのか。いや、別に俺にとってこの投稿はくだらないものじゃないんだ。このライブに行った、とか、そのファンだったら盛り上がる投稿なんだ、君にとってくだらないのは当然だ。だから君を責める筋合いはない。だから俺の投稿は俺の投稿をくだらないと思わない人に届いて欲しいんだ。

あーあ。

自己実現がしたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?