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Clairoのデビュー・アルバム『Immunity』は、小さなベッドルームとビルボード・チャートを繋ぐ

昨年の年間ベストでデビューEP『diary 001』をベスト5に選んだのは、決して過大評価でも、ましてやその場しのぎの見当違いでもなかった。それは、彼女のデビュー・アルバム『Immunity』を一聴、いや、もう10周ほどした今でも新鮮に感じることができる。

ClairoことClaire Cottrilはボストン生まれの現在21歳。YouTubeにアップした「Pretty Girl」のバイラルヒットを機に、Chance The Rapperが同曲やEPをSNSで絶賛したことでより多くのリスナーを獲得するに至る。ちなみにチャンスのマネージャーであるPat Corcoranは一時期Clairoもマネジメントしていたそうだ。

そんな2010代以降のヒットのデフォルトとでもいうべき道に誘われたClairo だが、アルバム『Immunity』を語る上で欠かせないのが彼女と共同プロデュースを務めた、元Vampire WeeknedのRostam Batmanglijの存在だ。

ほぼ全曲のプロデュースに参加したRostamだが、サウンドデザインはもちろん、作品全体の質や細かいメロディの活かし方、そして何よりClairoの出自であるベッドルーム・ミュージックと現行のビルボード・チャートのヒット・ソングを繋げる大きな役割を果たしている。例えば、収録曲の「Bags」はウィスパーなClairoのボーカルを重ね、ベッドルームの閉塞感ではなくそこでのメランコリーな世界を想像させてくれる。乾いたスネアやサスティンの絞ったハイハット、ピアノには若干の淀みを持たせ、ギターは時折大胆なまでにノイズで潰すなど、R&Bやジャズの些細な作法をポップスに昇華している点も、聴き手を何度も楽しませてくれる。

YouTube発のベッドルーム・ミュージックがメインストリームの強者とタッグを組み、その才能を開花させることは決して珍しくない。最近はビリー・アイリッシュのようにあくまで小さいコミニュティから一大ムーブメントへと爆発した例もあるが、それと比べればClairoはRostamという協力者を得てそのポテンシャルに磨きをかけることに成功したアーティスト、と言っていいだろう。

それでも、GarageBandから始まった彼女の創作人生において、寝室から溢れ落ちるインディー・ミュージックの手垢のようなものは、いくらRostamのエッセンスが振り撒かれようが消し去ることはできない。その証拠に、アルバムのラストを飾る「I Wouldn't Ask You」はClairoの寝室とRostamが見てきた景色(Vampire Weekendではビルボード・チャート1位も経験している)が見事に溶け合っている。約7分ほどの楽曲は、空間を活かした前半とヒップホップの作法を持ち込んだ後半に分かれており、Clairo個人の脳内風景がゆっくりと果てのない桃源郷へとスライドしていくかのようだ。

また、アルバム発表前に先行公開された時点で心奪われた四つ打ちトラック「Sofia」では、HaimよりDanielle Haimがドラムで参加。タメの効いたスナッピーなドラミングは、単にリズムを刻む以上に楽曲全体をよりソフィスティケートされた装いに仕立てあげる役割も担っているようだ。

さらに、イントロの印象的なギターのフレーズは、Clairo自らの演奏も重ねられているようで、彼女がその部分を弾く様子もRostamのSNSにてアップされている。

前作のEPではSOPHIEらを輩出したPC Music♪よりDanny L Harleともコラボレーションしており、この先も才あるクリエイターらとさらにフレキシブルな活動を続けていくはずだ。

今年3月の来日公演にも足を運んだが、その時はまだ開花前夜だったのだろう。あれから5ヶ月あまり、見事な大輪を咲かせたと思ったClairoだが、この『Immunity』も実はまだ蕾なのかもしれない。真の開花は、おそらくもう目の前に迫っているはずだ。

<参照記事>
Seeking Clarity About Clairo:Stereogum

Clairo’s ‘Immunity’ Proves Her Viral Success Was No Fluke:Rolling Stone


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