見出し画像

SOPHIE逝去に寄せて

日本時間1月30日、SOPHIE逝去の報がSNSのタイムラインを埋め尽くした。ただただショッキングな報せで、頼むから間違いであってくれと幾度となく思った。だが、どうやら彼女が不慮の事故によりこの世を去ったのは事実なようだ。これを書いてる今でも、悪い夢なら覚めてくれと思い続けている。

SOPHIEの真の活躍は、この先5年ぐらいで改めて証明されていくはず、そんなことを本気で考えていた。2021年に入り、オウテカによる「BIPP」のリミックスがリリースされ、さらに同楽曲のシングルB面「UNISIL」が先日発表されたばかり。海外記事によれば、「BIPP」のリミックスはオリジナルがリリースされた2015年のタイミングですでにオウテカ側に依頼していたという。リミックス完成まで数年の歳月を要した理由は不明だが、その期間、一度として自身の楽曲のリミックスを承諾してこなかったのは、この時(2015年)彼女の中で何かしらの制約が生まれたのかもしれない。実際、6年の歳月を経て届けられたオウテカによる「BIPP」のリミックスは、BPMやエフェクトに至るまでオウテカ色に染め上げられていた。きっとこの出来にはSOPHIEも満足したことだろう。

B面の「UNISIL」は、彼女のデビューEPにして編集盤『PRODUCT』のセッション時に制作された未発表曲だそうだ。確かに、2020年に発表されたJIMMY EDGAR「METAL」(SOPHIEはフィーチャリング参加)や、Abyss X、FLETCHERらのリミックスで見せた現行シーンに少し寄せたタイムリーな手腕とは違い、2015年当時のSOPHIEを物語るような、インダストリアルサウンドと攻撃的なビートが容赦なく押し寄せるトラックとなっている。おそらく、生前リアルタイムで制作されていた楽曲は多数あったはずだが、逝去前に放たれた楽曲がオウテカのリミックスと2015年の未発表曲というのは、リスナーであるこちらとしては少し複雑な気分である。まるで「これでも聴いてて」と言われているみたいに。

A. G. Cook.主宰のPC Music♪と、そこを発信源に飛び出してきたSOPHIE。筆者にとってこのレーベルとアーティストの存在は、今の自分を形成する上で欠かすことのできないものだ。A. G. Cook、Danny L Harie、SOPHIEを筆頭に、2013〜2015年頃、ネットを中心にトレンドとなった”バブルガムベース”なるキーワードは当時新たなポップミュージックのカテゴリ/サブジャンルとして各メディアが興味深く取り上げていた。それは2021年現在の視点で振り返れば、ネットミュージックやクラブシーンをはじめ、時代やジャンル問わず”己がやりたいことを追求し表現する”ミレニアル世代を代表するアーティストたち(ビリー・アイリッシュやThe 1975など)が活躍するこの未来に向けて一石を投じたものであったように思う。

参考記事:PC Music's Twisted Electronic Pop: A User's Manual

”バブルガムベース”の前には"ヴェイパーウェイヴ"が隆盛したが、アシッドジャズ、ウィッチハウス、AOR、日本のシティポップをネタにした"ヴェイパーウェイヴ"、それを踏み切り板としてさらにサイバーな遊びに舵が切られた”バブルガムベース”、SOPHIEはそれらを触媒としながら、ついにはグラミー賞にノミネートされる存在にまでたどり着く。当初ミステリアスな存在であった彼女は、商業的なイメージが先行される舞台でも独自のスタイルを貫きながら、いわゆる”広告的”な仕事についてはシビアな判断基準を持ち合わせていた。先述したように、他アーティストに基本リミックスの許可を与えなかったこともそうだ。そして、それらの反動ともいえる楽曲として、A. G. CookとSOPHIEプロデュースによるプロジェクト・QTによる「Hey QT」が誕生。架空の商品タイアップにおけるBGMを"バブルガムポップ”なる発想でビジュアル込みで具現化された。当時これがXL Recordingsからリリースされたのは画期的で、それまでアンダーグラウンドで評価されていたものが一躍メジャーフィールドに飛び出した衝撃はとにかく大きかった。同楽曲はディプロやハドソン・モホークを介して世界中に浸透。ここを起点に、その後SOPHIEは初音ミク、安室奈美恵とのコラボを果たすまでに至っている。

PC Music♪発のアーティストたちは、そのビジュアルにアバターを用いたようなデザインが多かった(現在もそのイメージのままのアーティストもいる)。SOPHIEもそうだったが、そこには”理想の自分こそ本当の自分である”という思想があったのではないか。2017年にシングル「It’s Okay To Cry」と同MVにて自身がトランスジェンダーであることを私たちに伝えたSOPHIE。それ以前では2014年に公開された『DAZED』でのきゃりーぱみゅぱみゅとの対談記事にて、SOPHIEは海外から見た文化としての”Kawaii”の概念、そして一人のプロデューサー(中田ヤスタカ)のもと、自分自身が考えるオリジナルを表現するきゃりーぱみゅぱみゅがどのような思考で活動しているのかに、強い興味を示している。「(”Kawaii”について)なぜ怖いものとカワイイものを組み合わせるの? それは重要?」ーーこの時まだトランスジェンダーであることを明かしていなかったSOPHIEだが、改めて読み返すと、この対談で彼女は両極にあるはずのものが混ざり許容されていく”Kawaii”に反応しながら、今後自身が目指すべき在り方を模索していたのではないだろうか。”理想の自分こそ本当の自分”かもしれない、だがその答えは一つではない。SOPHIEが生み出す創作物は、いつも刺激的である以上に、私たちの中にあるステレオタイプの壁を打ち砕こうとしていた。自分も、彼女の音楽や考えに触れたことで崩壊した壁は無数にある。

SOPHIEの功績と影響を、まさか追悼文として綴ることになるとは思わなかった。もっと清々しい気分で、正しいタイミングで総括したかった。それが本音だ。他にも日本との関係性(日本限定編集盤『PRODUCT』リリース時の印象)、トランスジェンダーとしての発言・アクション、2020年代以降に成し遂げるであろう未来予想図(グラミー賞の獲得やプロデューサーとしての大成)など、語るべき切り口は無数に存在する。きっとそれは、様々な媒体が優れた書き手を持って後世に伝えていくだろうし、彼女をリスペクトしたクリエイターたちはその愛を作品として届けてくれるはずだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?