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〈偏読書評〉 『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』(講談社)

毎月(正確には年10回)、とあるファッション誌の公式サイトにて新刊紹介を書かせてもらっているのですが、原稿を送って数週間経つというのに、9月分の記事がいっこうに公開される気配がありません(追記:と、半ばぼやくように投稿していたのですが、数時間後に記事が公開されました)。でも、今月分の記事で取り上げている作品は、どれも激推ししたいものだし、早く紹介したい。ということで、久々に〈偏読書評〉名義での投稿です。

件の新刊紹介はかれこれ10年以上書かせてもらっていて、当初は誌面に掲載されていたのですが、誌面リニューアルが行われた2018年4月からは雑誌の公式サイトでの掲載となり、先月からは本文の文字数がそれまでの140文字から約300文字へと増えていたりもします。

文字数が増えたことにより、それまでのキャッチコピーに近い内容の文章から、作品が出版されたバックグラウンドなども(多少は)紹介できる文章となったのですが、やっぱり全部は紹介しきれないのと、今月取り上げた3作品はどれも重量級の作品ということもあって少し補足したいこともあったりする。こういうときにこそnoteを活用すべきじゃろ、ということで数ヶ月ぶりに〈偏読書評〉での投稿をすることに決めました。

ちなみに今月取り上げたのは以下の3作品になります(※リンク先は各出版社さんの作品紹介ページです)。

『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』
ルシア・ベルリン/著、 岸本佐知子/翻訳(講談社)

『なめらかな世界と、その敵』
伴名練/著(早川書房)

『グスコーブドリの太陽系―宮沢賢治リサイタル&リミックス―』
古川日出男/著(新潮社)

まず、この投稿では『掃除婦のための手引き書』について書きたいと思います。

『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』

刊行されたのが7月で、既に何度も版を重ねている(9月3日の時点で4刷!)ので既読の方も多いと思うし、何よりさまざまな媒体で紹介記事が書かれているので、わざわざ補足する必要もないかもしれませんが一応。「7月に刊行された作品を、9月も半ばに“新刊”として紹介するのって、どうなのよ?」というツッコミは入れないでいただけると助かります……。

まず本の基本情報についてや、著者であるルシア・ベルリンがどんな人物であったか、どんな作家人生を歩んでいたかは版元である講談社さんの作品紹介ページをご参照ください。で、補足しておきたいのは本書に収録されている24篇と各作品が放つ雰囲気について。この24篇、数ページで作品が完結する掌編から、ちょっとボリュームのある短篇まで長さがけっこうバラバラなんですね。

あと作品のテーマ(家庭環境がすさまじく“ヘビーモードを生きている”としか言いようがない幼少時代、アルコール依存症との闘い、末期ガンの妹と過ごしたメキシコでの日々について、等々)も、24篇の中で重複していたりもする。おそらく訳者である岸本さんも、担当編集の方々も、テーマが連続しないように24篇をどう並べるか苦心したと思うので、まずは収録されている順番に読み進めることをオススメします。

24篇それぞれのテーマはかなりバラエティに富んでいるのですが、ルシア・ベルリン本人のプロフィールも負けていない。以下、作品紹介ページに掲載されているプロフィールからの引用です。

1936年アラスカ生まれ。鉱山技師だった父の仕事の関係で幼少期より北米の鉱山町を転々とし、成長期の大半をチリで過ごす。3回の結婚と離婚を経て4人の息子をシングルマザーとして育てながら、高校教師、掃除婦、電話交換手、看護師などをして働く。いっぽうでアルコール依存症に苦しむ。

とにかく生活の場所と職業の転移がすごい。収録されている24篇は、それぞれ異なるテーマを描きつつも、根底にある「各キャラクターの人間としての芯の強さ」や「過酷な環境にいるのに、捨て鉢な行動に走らない意思の強さ」に全くブレがないんですよね。かつ巻末に収録されているリディア・デイヴィスによる評論「物語(ストーリー)こそがすべて」と「訳者あとがき」を読むと、この芯の強さやブレのなさはルシア・ベルリン本人のものだというのがわかる。

で、そのブレのなさは常にさまざまなことが転移しつづけてきた人生を過ごしてきたからこそ培われたのだろうな、と想像できる。彼女は超絶ハードモードの人生を、幼少期から——晩年は「子供の頃に患っていた脊柱側弯症の後遺症からくる肺疾患などが徐々に悪化し、酸素ボンベが手放せなくなる」状態になっていたことを考えると、下手したらアラスカで生を受けた瞬間から——生きつづけていたこともあってか、苦境をうまく手懐けながら生きていく方法を熟知している、なんか悟りに近いものを人生の早い段階で得て、何事に対しても諦念を抱きながら生きていたんじゃないかとも思われる。と同時に、この諦念しているからこそ生じる気だるい雰囲気がどの作品の中にも漂っているようにも自分は感じました。

で、この気だるい雰囲気ですが、なんだか夏の気候と妙に相性が良いようにも感じられるんですよね。言うなれば各作品から放たれる気だるさは、カットしたライムを入れたコロナビールの味わいを、よりおいしくしてくれるような、どうにもならない(南米っぽい)暑さが生み出す気だるさと何か共通するようなものがあるなと(あくまでも個人の意見ですが……ちなみに自分は暑さも寒さも苦手なので、本気で常春の国であるマリネラ王国に住みたいと思っています)

なので、もし『掃除婦のための手引き書』を未読の方がいましたら、ぜひ残暑がつづいているうちに、秋が訪れてしまう前に読み始めることもオススメしたいです。その方が作品が描き出す世界をよりリアルに、より深く感じられると思いますので。

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3作品の補足を1つのnoteにまとめて投稿しようと思ったのですが、思いのほか文字数が多くなりそう&読みにくくなりそうなので、作品ごとにnoteを分けることにします。なので『なめらかな世界と、その敵』『グスコーブトリの太陽系』については、リンク先にてお読みいただければ幸いです。相変わらず暑苦しい内容の投稿ですが、よろしくどうぞ。

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