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〈偏読書評〉思いやりの心と情操を養う、良書としてのBL漫画【前篇】

- 以下〈偏読書評〉、2016年4月28日投稿の加筆修正版 --

皆さま、今年のゴールデンウィークはどう過ごされる予定ですか? 旅行におでかけと、きっと毎日が楽し過ぎてネットなんぞ眺める余裕なんてないですよね? ましてやこの偏読ブログに、ちょっと変わったテクストがアップされていても、1ミリたりとも気になりませんよね?……ということで、賛否両論いただきそうな作品を、このタイミングでご紹介します。今、自分が一番ハマっている漫画、しかもBL作品です。

「BL」の文字が目に入った瞬間、ウィンドウを閉じようとした人もいると思いますが、まぁここはひとつ、ひきこもりの与太話(しかも超長い)に付き合っていただけれるとうれしいです。ほら奥さん、前篇だけでも。ね、ね?

タイトルを「思いやりの心と情操を養う、良書としてのBL漫画」としましたが、これに対して嫌悪感を抱く人も勿論いるとは思います。「何ほざいてんだ、コイツ?」と。でも全てのBL漫画が不健全で倒錯的な作品ではないことを私は知って欲しいです。ただ無理強いはしないです。自分もいわゆる百合作品は、志村貴子先生の『青い花』(太田出版刊)くらいライトなものしか読めないので。

ちなみに今や『大奥』(白泉社刊)そして『きのう何食べた?』(講談社刊)で〈市民権を得た〉と表現しても過言でない、よしながふみ先生の作品に自分がハマったのは『西洋骨董洋菓子店』(新書館刊)がきっかけでした。しかも連載が終わって、だいぶ経ってから。

その面白さ、繊細な人物描写、おいしさまで伝わってくる美麗な洋菓子、次々と繰り出される製菓知識、そしてミステリ部分の見事なまでの伏線の敷かれ方と回収のされ方……と素晴らしいポイントをあげはじめたらキリがないのですが、自分の琴線に一番触れたのが、物語のラストで、それまで幼少時のトラウマに苦しめられていた主人公・橘が「やっぱり思い出せねぇし 忘れられねぇし 怖いんだよ!」と清々しい笑顔でトラウマを受け入れるシーンでした(尚、どんなトラウマだったかは物語のコアとなるものなので、ここでは伏せさせていただきます。気になった方は、ぜひ作品をお手にとってみてください)。

ちょうどその頃、自分も病気だったり、過去のあれこれで悩んでいて「このままずっと克服できないのか? そんな状態で生きていけるのか?」と精神的に参っていたのですが『西洋骨董洋菓子店』に、どうにもならないことを〈受け入れた上で生きていく〉という選択肢もある、そしてそれは決して間違ったことでも〈逃げ〉でもないことを教えてもらい、生きるのがだいぶ楽になりました。

そんな個人的な思い入れも深い作品ということもあり(そして「出会った良いものは、つい人にオススメしたくなる」という編集者の性により)、当時色々な人に『西洋骨董洋菓子店』をオススメしたのですが、まず最初に必ずと言って良いほどに返ってきたのが「でも、BLでしょ〜?」という軽蔑まじりのリアクション(今だったら「よしなが先生の作品? 読んでみる!」となるであろうに……っ!!)。

「確かにBLだけど、素晴らしい作品だから! 傑作だから!」と力説しても受け入れてくれる人は少なく、なんとも悲しい想いをしたものでした(自分の説明がヘタクソだったのが最大の原因かもしれませんが)。あと自分の周りだけかもしれませんが、女性ほどこの傾向が強く、むしろ男性の方が「そんなに良いの? じゃあ試しに」と受け入れてくれる割合がなぜか高かったです。

それ以来「このBL作品、オススメしたいけど……人間、生理的に受け入れられないものはあるから、仕方ないよね……」と十数年過ごしてきたのですが、ここにきてよしなが先生と同じくらいに、もうみなさんにオススメしたくてしたくてたまらない作家さんと作品に出会ってしまったのです。それが羽生山へび子先生の『きゃっつ 〜四畳半ぶらぶら節〜』(大洋図書刊)。

はい、ここで恒例の出版社の作品紹介ページからのあらすじ引用……と、いきたいところですが、あらすじが掲載されていなかったので、今回はamazonのページから引用します。

其処は大江戸、柳町。
煩い大家の長屋の一角に住まうは、仕事もせずぷらぷら過ごし、
隙あらば色仕掛けしてくる居候・弥源治と、
そんな弥源治を養う人気魚売りの清二だ。
けれどある日、弥源治が子猫を拾ってきて?
羽生山へび子が描く えどかわいい 猫びーえる物語!!

「猫BLって、なんぞ?!」と反応する(もしくは驚愕する)人も多いと思いますが、表紙をご覧いただければ分るように猫たちが主人公のBL作品です。かわいいでしょう? もう猫好きにはたまりませんね。特に手は指が5本なのに、足の指は4本になっているところとか!

「え〜っ、昨今の猫ブームに便乗しただけじゃないのぉ?」と訝しまれるかもしれませんが、第一幕(第1話)の初出は2014年と、今から2年前のこと。もう、むしろこの猫ブームの追い風を受けて、たくさんの人にこの作品を手に取ってもらいたいですよ、僕ぁ!! 際どいシーンもないし、オス猫がいちゃいついてても、猫同士ならそこまで激しい抵抗感ないだろうし!!

……すみません、作品への愛がありあまって、取り乱してしまいました。さて、単にかわいいだけに思われてしまう(見えてしまう)『きゃっつ』ですが、これがすごく泣けるのです。

歳のせいか、年々涙もろくなっているのは認めますが、作者の羽生山へび子さん、特に子どもが絡んだ感動もののエピソードを描かせたら右に出る者はいないんじゃないかってくらいに素晴らしい描き手なのです。

ちなみに自分の涙腺が最も刺激されるのは「辛いとき、自分もこんな言葉をかけてもらいたかった」と感じてしまう描写。もうこれは漫画であろうが、文学であろうが、映画であろうが、ドラマでもそうです。ちなみにドラマ版『妖怪人間ベム』の第3話は、泣きすぎて過呼吸おこしてぶっ倒れてしまいました。この『きゃっつ』でも、そんなエピソードがいくつも登場するのです(満載、といってしまっても良いくらいに)。

家が貧しい子猫の三吉が万引きをしてしまったことを、手習い所の先生である浪人・岩蔵源右衛門が〈どうして盗みをしてはいけないか〉をやさしく諭すシーン。盗みの騒動をきっかけに岩蔵源右衛門が実家から絶縁されるも「拙者が三吉に なっていたやも 知れんのだ」と穏やかな表情を見せるシーン。主人公・弥源治の「いつかおいらにも 本が読めるだろうか? 字が書けるだろうか?」という不安まじりの問いに、弥源治の世話を預かる清二がやさしく応えるシーン……この列挙したシーンのどれもが第二幕の中だけで描かれている、とお伝えすれば、どれだけ感動ポイントが多い作品だとお分かりになるでしょうか?

もうね、正直「道徳の教科書なんぞ読ませたり、ACの広告を見せたりするよりも、『きゃっつ』を読ませた方がよっぽど子どもの情操教育に良くないか?!」って思ってしまう程ですよ(「なんでオス猫どうしなのに、こんなに仲良しなの?」「ママー、〈色行灯〉ってなぁに?」とか質問されないように、お子さん向けには省略した方が良い箇所も勿論ありますが)。

かわいくて、笑えて泣ける、江戸の人情咄な時点でもオススメしまくりたいのですが、さらにミステリを思わせる要素も含んでいるんですよ、これが。もうこんな良作「でも、BLでしょ〜?」って理由だけで読まずにいるなんて本当に勿体ないですよ、奥さん!

現在も『きゃっつ』は大洋図書のサイト『b's-garden』内にて連載されていますし、バックナンバーも少しですが読めますので、「なんか気になるかも……」と思った方は、ぜひ試しに読んでみてください。そして「あ、これなら平気かも……」と思われたら、ぜひ絶賛発売中の単行本を。「なんか泣いてスッキリしたい、でもかわいい作品がいいなぁ」なんてときには、もううってつけの作品でございますよ。

さて作者の羽生山へび子先生ですが、商業デビューは2010年と、比較的最近。そのデビュー作となった『僕の先輩』もこれまた素晴らしく、「この人、天才なんじゃ……っ?!」と思わずにはいられないエピソードもあったりするのです。というわけで、後篇では『僕の先輩』の魅力を中心にご紹介していきます。皆さん、楽しいゴールデンウィークを。

【BOOK DATA】
写真・左:『きゃっつ 〜四畳半ぶらぶら節〜』(大洋図書刊)羽生山へび子/著、川名潤(prigraphics)/装幀 2016年3月15日発行 ¥639(税別) 写真・右:『僕の先輩』(大洋図書刊)羽生山へび子/著、Plumage Design Office/装幀 2010年10月30日初版発行 ¥648(税別)

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