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〈偏読書評〉 『なめらかな世界と、その敵』(早川書房)

原稿を送って数週間経つのに、いまだ記事が公開される気配のないブックレビュー(追記:と、半ばぼやくように投稿したのですが、数時間後に記事が公開されました)。その中で紹介している3作品のひとつが、ただいま各所で話題沸騰中の『なめらかな世界と、その敵』(早川書房)です。

この作品については、刊行前から早川書房さんのnoteで色々な投稿がされていました(未読の方は以下からどうぞ)。ちなみに著者である伴名練さんは寡作ながらも各所で高い評価を獲得し、日本SF界の逸材と謳われてきた存在。寡作ゆえに死後11年を経て、やっと世間に評価/再評価された『掃除婦のための手引き書』のルシア・ベルリンとリンクするような部分もあるといえばあります。

収録されている6作品——特に表題作の『なめらかな世界と、その敵』と書き下ろし作品の「ひかりより速く、ゆるやかに」——が、とにかく作品として素晴らしいし完成度も高いので、わざわざ著者のバックグラウンドについて触れる必要はないかもしれない。そのほうが純粋に作品を作品として楽しめるような気がするし。

でも伴名練さんについて少し知っていると作品が与えてくれる感動の種類も増えると思うし、また作品をより深く、多角的に楽しめるような気もするので、今回はあえて書きます。ちなみに『なめらかな世界と、その敵』の担当編集者である早川書房の溝口力丸さんは、伴名練さんのことをこう語っています。

また前述した伴名練さんからの1万字メッセージを読んだとき、自分は以下のような感想をTwitterに書きました。

内容が重複してしまいますが、伴名練さんが「創作」という活動そのものへと、「創作をしてきた作家たち」に対して抱かれている尊敬と感謝の念が、とにかくすごい。歳のせいもあってか、かなりこのところ涙もろくなっていることは認めますが、「創作」という活動に関わっている人で——それこそ何かを生み出している/生み出そうとしている人であり、それを取りまとめて形にする手伝いをする人であり、またひとりの読者や視聴者といった作品の受け取り手も含めて——この1万字メッセージを読んで目が潤まない人はいないと思います。

さらに涙してしまったのが印税の寄付に関する文章。「プロモーションの一貫としてのパフォーマンスなんじゃないの?」と訝しむ人も中にはいるかもしれない。でも、伴名練さんの「創作」への想いを知っている身としては、そんなこと決してないと思うし、そう心から信じられる。そもそも初めての単行本出版で得られる印税を、自分以外の誰かのために全額使うなんて、そう生半可な気持ちでできることじゃない。

この一連の出来事が物語る「伴名練」という作家/人物の人間性は——宮沢賢治のことばを借りるのであれば「わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ」(『永訣の朝』より)ような想いは——作品にもしっかりと現れていると自分は感じます。紹介記事の中で「全体主義の世界の中でかき消される個の声をすくい上げた各作品は、様式という領域すら軽やかに超越する普遍的な力を宿している」と書いたように。

また溝口さんは『なめらかな世界と、その敵』について、こんなことも書かれています。

溝口さんが「あんまりラベルやタグを貼らずにいたい」というのがすごくわかるくらいに、『なめらかな世界と、その敵』は人間愛に満ちあふれた、ジャンルなんてものに縛られない作品だと自分は思っています

なんか悲しくなっかたり、やるせない出来事が次々とおこって、人や何かを信じるという気持ちすら失われてしまいそうになる現代だからこそ、人間愛に満ちた作品である『なめらかな世界と、その敵』は読んだ方が絶対に良いと思うし、「創作」というものへの無償の愛を貫きつづける「伴名練」というひとりの作家のファンになったほうが良いと思います。

ちなみに自分が尊敬する、かつ人として信頼できると感じている表現者の筆頭が小説家である古川日出男さんなのですが、今年3月に古川さんへインタビューをさせていただいたとき、こんなことを話してくださいました。

小説が持たざる人の武器になればいいと考えていますが、もちろん娯楽として、あるいは詩として読んでもいいと思う。今はスローガンのない時代だから、暗唱するように、諳んじるような言葉として持っていても。
『Numero TOKYO』(扶桑社)2019年7月・8月合併号掲載「男の利き手」vol.200 インタビューより

現代日本SF作品としてはもちろん、エンターテイメント作品としても、百合SF作品としても、恋愛作品としても、ヒューマンドラマや人間愛を描いた作品としても、『なめらかな世界と、その敵』は、とてつもない力を持っているので、「暗唱するように、諳んじるような言葉として持」つに値する作品だと思うし、この修羅のような日々を生き抜くにあたって、心の拠り所のひとつになりうると自分は思っています。

書き下ろし作品である「ひかりより速く、ゆるやかに」の冒頭15,000字は以下で読めますので、このnoteを読んで少しでも『なめらかな世界と、その敵』あるいは伴名練さんについて興味を持った人は、ぜひ一読してみて欲しいです。

ちなみに9月6日に公開された朝日新聞でのインタビューの中で、伴名さんは「ひかりより速く、ゆるやかに」の中に忍ばせていた、ある”秘密”を明かしています。この“秘密”ですが、単行本そのものを読み終えてから知ったほうが良いと思うので、記事を読む前(もしくは以下の溝口さんによるツイートを見る前)に、まずは『なめらかな世界と、その敵』を読んでみてください。ちなみに自分は“秘密”を知った瞬間「ぎゃああぁぁっ!!」と声が出るほどに驚きました(マジで)。

願わくは、次の世代にも、幸運を。」という言葉で1万字メッセージを締めくくった伴名練さんの想いと、作品の素晴らしさが、どうか少しでもあなたに届きますように。

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